楽しんじゃえばいいじゃない

こんにちは、節分までの数日、新しい年が始まるような気持ちでいる潤治です。
2月始まりのカレンダーってあまり見かけませんね。
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先日、“親から受け継いだバトン” という記事を書かせていただきました。 父の入院を機に考えさせられることが多かったので、ここ数週間は学びの連続でした。遠ざけていたものが、いきなり目の前に現れたような感じでした。
記事でも紹介しましたが、父が母と喧嘩をする時の口癖は…
「誰のせいで生活できていると思っているんだ!」 でした。
また、「誰のために毎日、朝から晩まで仕事をしていると思っているんだ!」 という台詞も付け加えられます。
子供ながらに、仕事というものがとても大変なもの、我慢すること、頑張ること…と思いました。
父の愛の形は、我慢すること・耐えること で表現されていましたが、
僕自身は、違う形で表現していきたいなと今は思います。
「楽しんじゃえばいいじゃない!」 と…。


少し、ファンタジーなお話ですが、
もし、父がいつも大好きな場所に 毎日毎日、遊びに行っているとしたら…。
「誰のために毎日、朝から晩まで仕事をしていると思っているんだ!」
とういう台詞、何だか馬鹿げているように思えます。
「誰のために、大好きな場所に遊びに行っていると思っているんだ?!」
と父が家族に怒鳴ったとしたら、
「父自身のためでしょ?」
とツッコミを入れてしまっているかもしれません。
そこには、できない理由や逃げる理由、辞める理由はありません。
人のせいにできないかもしれません。
僕は楽しめないことを我慢や役割、義務のせいにして、正当化するきらいがあります。
言い訳ができます。
我慢や役割、義務がなかったら…
もう、怖くて仕方なくなります。
だって、それは全部、自分の責任で選んだものだから。
どんな結果だろうと、受け入れるしかありません。
人のせいにも、環境のせいにもできません。
拘束がないということは、あまりにも怖いことのように思うことがあります。
子供の頃は、拘束されることに反発していたのに、
大人になってみると拘束されることに安心を見出している自分がいます。
そんな時、“~しなくちゃいけない” と言いながら、それを望んでいるのかもしれません。
いつの間にそんな呪いを自分にかけるようになったのでしょうか?
「楽しんじゃえばいいじゃない!」 と、自分への呪いを解放していきたいです。
好きなことをする、ワクワクすることをするというのは、
実は、とても勇気がいることなのかもしれないとあらためて思うのでした。

楽しむことと楽なことは違います!
心のコンパスに従い、人生を歩みましょう!
そんなレッスンも定期セッションではしています。

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投稿者
この記事を書いた人

スピリチュアル・カウンセラー ・催眠療法士・整体師 ・菜食料理研究家

両親の離婚をきっかけに、小学生の頃より心理学やコミュニケーションを探究し始める。
リストラ・離婚という逆境の中から、自分の生き方を見出す。
20年前より、学校カウンセラーとして、親子の悩みに寄りそい、現在は夫婦の「直感磨きセラピーサロン」を15年間主宰している。

自身の逆境の多かった経験から、コンプレックスや生きづらさを才能として活かす生き方のサポート、セラピスト・ヒーラーの育成をしている。

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コメント

  1. 潤治 より:

    ララさま
    決められたレールって楽ですよね。
    管理下に置かれて学んだり、その場で幸せを感じられるセンスを、
    小さい頃から学校で教育されたからかもしれません。
    学校教育から抜けて、浪人生になった時、とても怖かった記憶があります。
    でも、とても楽しかったような気がします。
    人生もどう楽しめるか?を問いながら進んで行ければいいなと思っています。
    心のトレーニング?リハビリ?中ですね…、僕自身。

  2. ララ より:

    たしかに大人になると拘束されたほうがよくなりますね~決められたレールの上に立つほうが楽なんですよね…何も考えてなくていいし、安心感もあるし。そんな楽を選びがちな私でした。
    でももしも、そのレールがなくなったら自分自身で立てなくなるでしょうね…

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