刻詠珈琲店2杯目「絵柄の好き嫌いで選んでもいいの?」オラクルカード【準備編】

カードデッキの選び方

路地裏にある、アンティークカフェ『刻詠珈琲店』(ときよみこーひーてん)。
マスターは東儀 宗介(とうぎ そうすけ)、かつて天使だった頃の名は、メネフィール (Menephiel)。
仕事帰りや週末に通う常連OKは、小鳥遊 紬(たかなし つむぎ)、28歳。中堅デザイン事務所のグラフィックデザイナー。

とある週末の午後、紬はオラクルカードの新たな疑問を胸に、『刻詠珈琲店』の扉を叩いた。
宗介は、その疑問をすべて受け止めるように、静かに彼女を迎え入れる。

ー今日もまた、このひっそりとたたずむ止まり木で、師匠と弟子の、心と向き合う対話が始まる。

「マスター、聞いてください!この前のアドバイス通り、心に響く絵柄のカードを買ってきたんです。すごく可愛くて、眺めているだけで幸せな気分になれるんですけど……。でも、こんな単純な理由で選んだカードで、ちゃんとしたリーディングができるのか心配になってきちゃって。」

紬はバッグから新しいカードの箱を取り出し、そわそわとした手つきでカウンターに置いた。
宗介は何も言わず、淹れたてのコーヒーをそっと彼女の前に置く。

「とりあえず、一杯どうですか?」
ハンドドリップする湯気の向こうで、宗介の表情は相変わらず静かだ。

「どうぞ……。」
「ありがとう、いただきます。」
紬はカップを両手で包み、その温もりに身を委ねて包まれた。

「あの……マスター、私の話、聞いてますか?」
「聞いていますよ。紬さんの不安や迷う気持ちも、全部ね。」
宗介の視線が、カウンターの端に飾られた一輪の白い花に向けられた。

「紬さん、この花を見て、どう思いますか?」
「えっと……綺麗だと思います。」

「紬さんはそう思うんですね。でも、世の中には白い花が苦手な人もいて、派手な色を好む人もいます。当たり前のことですが、美しさに絶対的な基準はありません。紬さんがその花を美しいと感じたなら、それが君にとっての真実ですよ。」

紬は花とカードを交互に見つめた。
「でも、マスター、オラクルカードってもっと神聖なものじゃないんですか?私みたいに『可愛い!』なんて軽い気持ちで選んでいいのかな、って。」

宗介は小さく首を振る。
「神聖さは、物そのものに宿るんじゃなくて、それを扱う人の心に宿るものですよ。」
そして、棚から古い茶碗を取り出した。
「これはただの茶碗です。でも、この茶碗で、大切な人にお茶を淹れる時、それは特別な意味を持ちます。道具は変わりませんね。変わるのは、使う人の心構えだけです。」

「心構え……?」

「そうです。紬さんが『好き』という純粋な気持ちで選んだカードは、実は最高の選択なんです。だって、そこには計算も打算もない。ただ心が動いた。その素直な反応こそが、君とカードを繋ぐ最も強い絆になるんです。」

紬の表情が少しずつ明るくなっていく。

「じゃあ、可愛いから選んだっていうのは、むしろ良いことなんですか?」
「そうですね、良いも悪いもなくて、それが紬さんの真実だと思います。オラクルカードは心を映す鏡のようなものですよ。紬さんの素直な気持ちで選んだ鏡は、君の心を最も正確に映し出してくれますよ。」

宗介はゆっくりとカウンターを拭きながら続けた。
「紬さんがそのカードを手に取った瞬間から、その関係は始まっています。カードの絵柄が君に語りかけ、君がそれに応える。それは理屈じゃなくて、感覚の世界ですけどね。その感覚を大切にすることが、リーディングの第一歩と言えます。」

「なんだか、すごく腑に落ちました。私、難しく考えすぎてたんですね。」
「それはそうですよ、誰でも難しく考えがちです。でも、紬さん、君の『好き』という気持ちは、決して軽くない。それは君の心が発する最も正直な声です。その声に従って選んだカードなら、大丈夫、必ず君を導いてくれますよ。」

紬は新しいカードの箱を愛おしそうに撫でた。
「マスター、今、ここで一枚引いてみてもいいですか?」

「もちろん」
宗介は静かに頷き、いつものようにカウンターの奥で作業を続ける。
しかし、その耳は、紬がカードを切る音に向けられていた。

「あ、このカード……なんだか今の私にぴったりな気がする。」
「そうです、それが直感ですよ。大切にしましょう。」

紬は引いたカードを見つめながら、ふと気づいた。自分が選んだ可愛いカードたちは、まるで親しい友達のように、優しく語りかけてくれている。難しい言葉も、厳めしい絵柄もない。ただ、温かく寄り添ってくれる存在がそこにあった。

「マスター、私、このカードでよかったです。本当に。」
「良かったですね。そう思えて。」

宗介の口元に、かすかな笑みが浮かんだ。窓から差し込む午後の光が、新しいカードとコーヒーカップを優しく照らしている。紬にとって、オラクルカードとの本当の付き合いが、今始まろうとしていた。

コメント

タイトルとURLをコピーしました