こんにちは、潤治です
台風の接近にびくつきながら、ブログを書いています…。
子供の頃、ドラえもんのコミックを一ヶ月に一冊ずつ母に買ってもらっていました。毎月、1冊ずつ増えていくのが楽しみだったことを思い出します。台風の時期になるとその頃のことを思い出します。
“台風のフー子” というキャラクターが、ドラえもんのコミック6巻に出てきます。のび太のことが大好きで、のび太が住む町を守るために、北上してくる台風に自分の身を挺してその進行を止めるのです。台風は消え、それと同時にフー子も消えてしまうのでした。
子供の頃、その真似をして、台風が近づいてきたら外に飛び出し、ずぶ濡れになる…という遊びをひとりでしていました。その遊びを何回もする僕に母も堪忍袋の緒が切れたのでしょうか…、ある日、僕はひどく怒られました。
「誰が洗うと思っているの?迷惑かけるんじゃないよ!」
はじめて言われた言葉ではありませんでしたが、その言葉はとてもよく耳に残っています。それが大人になった自分の行動パターンに影響を及ぼしていると感じるのは、心理学を学んでからでした。
このように幼少期に無条件でもらう言葉、思考パターンを人生脚本、または、トラウマなどと呼ばれることが多いです。
人生早期に親の影響下で発達し、現在も進行中のプログラムです。
4・5歳くらいから小学校を卒業するころには人生脚本をある程度、描き終えます。
けれども、成人になってもトラウマとして新しい脚本は追加することはすくなくありません。
たとえば…幼少期に
泣いていると、親に"うるさい"と怒られた。
⇒感情を出すと自分を否定される。
泣いていると、親に無視された。
⇒自分の感覚を信じられなくなる。
両親が不仲で、自分がピエロのように振舞うとふたりが笑ってくれた。
⇒自分がバカになれば、存在を認めてもらえる。
よく、"強い子は好きだよ"と言われて褒められた。
⇒強い子でないと自分には価値がない。頑張らなくっちゃ!
欲しいとねだっても、お金がないから我慢しなさいと言われた。
⇒欲しいものは手に入らない、我慢していればいい。
病気になったときだけ、可愛がられた。
⇒健康になってしまっては、自分は認めてもらえない。
お姉ちゃんなんだから…お兄ちゃんなんだから…と育てられた。
⇒人に頼れない。愛情を素直に出せない。
楽しんでいると"ふざけるな"と怒られた。
⇒楽しんではいけない。自由な感情を出してはいけない。
…などなど、いろいろな人生脚本があります。
多かれ少なかれ、良かろうとも悪かろうとも、私たちは影響を受けています。
さて、僕のもらった言葉…、
“迷惑をかけるんじゃありません!”
は大人になるにつれて、強化されていくことになります。
(自分がそれを引き寄せていることは気づかず…)
人に頼み事をすると足を引っ張られ、相談すると上司に筒抜けで、
部下に任せると裏切られ、弱音を同僚に吐くとそれを利用され…、
“やっぱり迷惑かけちゃいけない!” ということが身の周りに起こるのです。
そうすると、母の言葉だったものがさらに僕色に染まり、強化されていきます。
物事は自分でやるからこそ価値がある
人に頼むことは裏切られる可能性がある
傷つくくらいなら、自分で何でもやってしまったほうが楽
人生は四面楚歌で、油断のならないところ
素直になるのが怖い
いろいろな強化された思い、観念が僕の中にできあがりました。
しかしながら、それは僕の創り出した “怖い世界” です。
人の頼み事をすることや、弱音を吐くことも、人に迷惑をかけることではありませんし。
その世界を選択することができることを知りました。
ずぶ濡れの僕を見て、驚き、必死だった母の気持ち、
抜き差しならない競争世界にいた同僚の必死だった思い、
要領の得ない環境で一生懸命頑張っていた部下の気持ち、
もっと僕に頼み事をして欲しかった上司の歯がゆい気持ち、
…を理解することで、僕が大事にしていた人生脚本は新しい意味を持ち出します。
上手に他人に任せることは、人生を豊かにします。
頼むことは弱音を吐くことではなく、相手を信頼すること。
時に弱音は他人の心を開かせます。
あなたに信頼されていると相手が思うからです。
人生脚本はいつでも、何度でも書き換えられます…。