刻詠珈琲店23杯目「ポジティブなカードとネガティブなカードが一緒に出たら?」オラクルカード【解釈・読み解き編】

カードの使い方

路地裏にある、アンティークカフェ『刻詠珈琲店』(ときよみこーひーてん)。
マスターは東儀 宗介(とうぎ そうすけ)、かつて天使だった頃の名は、メネフィール (Menephiel)。
仕事帰りや週末に通う常連OKは、小鳥遊 紬(たかなし つむぎ)、28歳。中堅デザイン事務所のグラフィックデザイナー。

夜の帳が早く降りる秋の頃、『刻詠珈琲店』の窓ガラスには街灯の明かりがぼんやりと映り込んでいた。仕事帰りらしいブラウス姿の女性がカウンターで温かなカフェオレを両手で包み込み、角の席では半袖のポロシャツを着た大学生らしい青年がノートパソコンを開いて何かを書き続けている。今日も仕事帰りの紬が、カウンター席に座っていた。

「宗介さん!見てください、これ!」
紬はテーブルに並べられた二枚のカードを指さして、焦ったような声を上げた。

「一枚はとても力強くてポジティブなカードなんですが、もう一枚はなんとなく暗くて、不安になるような絵柄なんです。これって一体どういうことなんでしょうか?どちらを信じればよいのか分からなくて…。」
彼女は不安そうな表情で宗介を見つめた。

「ポジティブなカードとネガティブなカード、まるで太陽と月が一緒に空に現れたようですね。それはとても素晴らしいことですよ。」
宗介は穏やかな口調で答えた。
「え、素晴らしいって…どうしてですか?良いことと悪いことが両方起こるみたいで、逆に怖くないでしょうか?」
「確かにそう感じられるでしょうね。しかし、見方を変えてみましょう。例えば、紬さんが旅に出るとしましょう。一枚のカードは、この旅が紬さんにとって素晴らしい経験になることを語りかけています。そして、もう一枚のカードは、この旅の途中で、紬さんが乗り越えなければならない課題があることを教えてくれているとしたら?」

「乗り越えなければならない課題…ですか?」紬はゆっくりと応えた。

「そうです。人生は良いことばかりが続くわけではありません。素晴らしい経験を得るためには、時として困難な道を通らなければならないこともある。今までの紬さんの経験の中にもあったと思います。ですので、カードはその両方を同時に示してくれているのです。それはまるで、旅路を描いた地図のようなものでしょうか。地図には目的地までの美しい景色が描かれていると同時に、険しい山道や渡るのが困難な川も記されているのですから。」

宗介は二枚のカードを手のひらでそっと包み込むようにしながら続けた。

「人生には必ず光と影が存在します。オラクルカードは、その両方を私たちに示してくれるのです。ポジティブなカードが表すのは、紬さんの人生が持つ可能性と、その手にすることができる素晴らしい未来です。そして、ネガティブなカードが表すのは、紬さんがその未来を手に入れるために、今何を乗り越えるべきかという課題や、まだ気づいていない心の影の部分なのです。」

「…ということは、ネガティブなカードは私に『注意しなさい』と言ってくれているということなんでしょうか?」紬はひとつひとつ整理しながら、言葉を発した。

「そうですね。ただし、単なる『注意』ではありません。それは『より良く生きるためのヒント』と言い替えたほうがいいかもしれませんよ。例えば、『悲しみの谷』というカードが出たとしましょう。これは紬さんが今、悲しみを心の中に抱え込んでいることを示しているのかもしれません。しかし、それは同時に、その悲しみと向き合うことで、より強く、より優しくなれるということを教えてくれているのです。」
紬は真剣な表情で頷いた。

「なるほど!ネガティブなカードにも、ちゃんと意味があるんですね。」
「もちろんです。もし、ネガティブなカードが示している課題と向き合わずに、ポジティブなカードのメッセージだけを信じて突き進んでいけば、いつか大きな壁にぶつかってしまうかもしれません。だからこそ、二枚のカードが一緒に出たときは、両方のメッセージを一つの物語として捉えることが大切になるのです。」
宗介は穏やかな笑顔で付け加えた。

「それはまるで、紬さんの人生という物語を、二人の登場人物が語りかけてくれているようなものです。一人は人生の希望と可能性を語り、もう一人は乗り越えるべき試練と、その先にある成長を語っている。どちらの物語も、とってかけがえのない大切なメッセージなのです。」

「…なんだか少し気持ちが楽になりました。ネガティブなカードが出ても、怖がらなくて良いんですね。」紬は自分自身に優しく語りかけるように、宗介に応えた。

「その通りです。むしろ、ネガティブなカードは紬さん自身が持っている心の影に光を当てるための、大切なサインと言っていいでしょう。影と向き合うことは決して恐ろしいことではありません。それは、紬さんがより深く自分自身を知るため、そして、より強く生きるための重要な一歩なのですから。」

宗介の紡ぐ言葉は、どこまでも優しかった。

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