マスターは東儀 宗介(とうぎ そうすけ)、かつて天使だった頃の名は、メネフィール (Menephiel)。
仕事帰りや週末に通う常連OKは、小鳥遊 紬(たかなし つむぎ)、28歳。中堅デザイン事務所のグラフィックデザイナー。
季節外れの暖かさに包まれた水曜日の昼下がり。
『刻詠珈琲店』の窓は全開にされ、秋風が店内を心地よく通り抜けていた。
壁の観葉植物が風に揺れ、午後の陽光が古い木のテーブルに優しい影を落としている。
紬は会社の昼休みを利用して駆け込むように店に入ってきた。
宗介は窓際で新しく届いた観葉植物の手入れをしていたが、紬の慌てた様子を見て振り返った。
「いらっしゃいませ。今日は暖かいですね」
「宗介さん、こんにちは!ちょっと時間がないんですけど、どうしても聞きたいことがあって。」
紬はカウンター席に座りながら、息を切らせていた。
「ずいぶん、急ですね。大丈夫ですよ。何にしましょう?」
「アイスコーヒーを、お願いします。」
宗介は手慣れた様子でアイスコーヒーの準備を始めた。氷がグラスに触れる涼しげな音が響く。まるで二人のやりとりを涼やかに微笑んでいるようだ。
「実はこの前、宗介さんに教わった『意図の設定』をやってみたんです。」
紬はカードを取り出しながら話した。
「確かに前よりメッセージが分かりやすくなったんですけど、でも、質問の仕方がまだうまくできなくて、もどかしいんです。」
「どんな質問をされたんですか?」
宗介は紬の前にアイスコーヒーを置いた。グラスの表面に水滴が美しく付いている。
「『新しいプロジェクトをうまくやるにはどうしたらいいですか?』って聞いたんです。そしたら『協力』っていうカードが出て…、でも、誰と協力すればいいのか、どんな風に協力すればいいのか、よく分からなくて。」
「なるほど。」宗介は頷いた。
「それはそうですね。確かに、質問の仕方によって、答えの具体性は変わりますもの。」
「やっぱり、質問にもコツがあるんですか?」
「ええ、紬さん、実は、カードへの質問は、思っているより奥が深いんです。」
宗介は店の奥から、小さなメモ帳を持ってきた。
「紬さん、時間は大丈夫かな?まず、質問の種類を考えてみましょう。大きく分けて、三つのタイプがあります。」
「三つ?」
「『現状を知る質問』『選択肢を選ぶ質問』『行動指針を求める質問』です。」
紬はアイスコーヒーを飲みながら興味深そうに聞いていた。
「現状を知る質問っていうのは?」
「例えば『今の私の状況を教えてください』『この恋愛はどんな段階にありますか』といった、現在の状態を把握するための質問ですね。」
宗介はメモ帳に丁寧に書きながら説明した。
「なるほど。じゃあ、選択肢を選ぶ質問は?」
「『転職すべきか、今の会社に残るべきか』『AさんとBさん、どちらとお付き合いした方がいいか』といった、二択や複数の選択肢から選ぶための質問ですね。」
「そして、行動指針を求める質問が『どうしたらいいですか』って聞くやつですね。」
「その通りです」宗介は微笑んだ。
「昨日の紬さんの質問は、まさに行動指針を求める質問でした。」
紬は納得したように頷いた。
「でも、行動指針の質問って、答えが曖昧になりやすいんですか?」
「そういう傾向はありますね。」宗介は答えた。
「だからこそ、質問をより具体的にする必要があります。」
「具体的って、どういう風に?」
宗介はメモ帳に新しい質問例を書き始めた。
「例えば、『新しいプロジェクトをうまくやるには』を、もっと細かく分けてみましょう。『プロジェクトを成功させるために、まず最初にやるべきことは何ですか』はいかがでしょう?」
「おお、ずっと具体的になりますね。」
「それから『プロジェクトでチームメンバーと良い関係を築くには、どんなことを心がければいいですか』とか。少し、踏み込んでイメージしてみる必要があります。」
紬は目を輝かせた。
「なるほど!大きな質問を、小さな質問に分けるんですね。」
「そうですそうです!まさにその通りです。」宗介は嬉しそうに頷いた。
「一度に全部を聞こうとするより、段階的に聞いていく方が、より実用的なアドバイスを得られます。」
紬はメモ帳を見ながら考えていた。
「でも、質問を細かくし過ぎると、今度は質問の数が多くなっちゃいませんか?」
「素晴らしい!良い着眼点ですね。」宗介は感心した。
「確かに、あまり細かく分け過ぎると、リーディングに時間がかかってしまいます。」
「じゃあ、どのくらいの細かさがちょうどいいんでしょう?」
「一回のリーディングで、メインの質問を一つ、関連する質問を二、三個程度が適当でしょうか。」
宗介は指で数を示した。
「例えば、この前の件でしたら『プロジェクト成功のために今週やるべきこと』『チームワークを良くする方法』『自分の不安を解消する方法』といった感じです。」
「なるほど、関連性のある質問をまとめて聞くんですね。」
「そうです。そうすることで、一つのテーマについて多角的なアドバイスを得られます。」
紬はアイスコーヒーを飲みながら考えていた。
「あ、そうそう。宗介さん、質問するときの言葉遣いって、丁寧語を使った方がいいんですか?『教えてください』とか『お願いします』とか…。」
「それは、紬さんが自然に感じる話し方で大丈夫ですよ。」宗介は優しく答えた。
「丁寧語でも、友達に話すような口調でも、どちらでもかまいません。」
「え、そうなんですか?」
「大切なのは、言葉遣いより、紬さんの気持ちです。心を込めて質問すれば、カードはちゃんと応えてくれます。大丈夫です。」
紬は安心したような表情を見せた。
「それなら気が楽です。つい『正しい言葉遣いをしなきゃ』って緊張しちゃって。」
「カードとの対話は、もっとリラックスしたものでいいんです。良きパートナーとともに歩む感じで。」
宗介は店の時計を見た。
「ところで、質問をするときに避けた方がいいことも、いくつかありますね。」
「避けた方がいいこと?」
「例えば『なぜ私はいつも不幸なんですか』といった、ネガティブな決めつけを含む質問です。」
紬は「あー」と声を出した。
「確かに、そういう聞き方だと、ネガティブな答えしか返ってこなさそうですね。言われたほうもたまったものじゃないですね。」
「それから『絶対に』『必ず』といった言葉も避けた方がいいでしょう。」
「どうしてですか?」
「未来は常に変化する可能性があるからです。『絶対に成功する方法』より『成功の可能性を高める方法』と聞く方が、現実的なアドバイスを得られます。」
紬は時計を見て、少し慌てた様子を見せた。
「あ!もう、お昼休みが終わっちゃう。宗介さん、でも、すごく勉強になりました。」
「お疲れさまでした。今度は、ぜひ新しい質問方法を試してみてくださいね。」
「はい!今度はもっと具体的に聞いてみます。」
紬は嬉しそうにカードをしまいながら、急いで店を後にした。
紬のいなくなった席を宗介は見つめていた。
「さてと、美味しい珈琲を淹れようっと。」
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