刻詠珈琲店19杯目「『YES/NO』で答えられる質問はしてもいい?」オラクルカード【引き方・作法編】

カードの使い方

路地裏にある、アンティークカフェ『刻詠珈琲店』(ときよみこーひーてん)。
マスターは東儀 宗介(とうぎ そうすけ)、かつて天使だった頃の名は、メネフィール (Menephiel)。
仕事帰りや週末に通う常連OKは、小鳥遊 紬(たかなし つむぎ)、28歳。中堅デザイン事務所のグラフィックデザイナー。

薄曇りの土曜の夕方、『刻詠珈琲店』には、のんびりとした時間が流れていた。
店内には夕食前の静寂があり、宗介は明日の仕込みのために生豆を丁寧に焙煎していた。

紬は持ち帰った仕事を早めに切り上げて、刻詠珈琲店にやって来た。
紬にしては今日は珍しく、眉間に小さなしわを寄せている。
「こんにちは、宗介さん。」
「お待ちしておりました。今日は少しお疲れのようですね。」
宗介は手を止めて、紬の方を向いた。

「実は…。」紬はカウンター席に座りながら、ため息をついた。
「昨日、会社で大きな決断を迫られちゃって。明後日までに返事をしなきゃいけないんです。」
「それは大変ですね。ゆっくりとしていってください。何にしましょう?」
「温かいコーヒーをお願いします。ミルクたっぷりで。」
宗介は黙って準備を始めた。
今日は特別に、少し深煎りの豆を選んだようだ。

「それで、カードに相談してみたいんですけど。」
紬はオラクルカードを取り出しながら話した。
「今回の質問って、結局『YES』か『NO』で答えが出るような内容なんです。『転職の話を受けるべきか、断るべきか』って。」
「なるほど。」
「でも、オラクルカードって、そういう二択の質問をしてもいいんでしょうか?なんだか、占いっぽくなっちゃう気がして。」
宗介は紬の前にカフェオレを置いた。ミルクの泡が優しいハート型を描いている。

「二択の質問について、どんなことが気になりますか?」
「だって、『YES』か『NO』で答えが出ちゃったら、それって運任せみたいじゃないですか?」
紬は困った表情を見せた。
「自分で考えて決めるんじゃなくて、カードに決めてもらうみたいで…。」
「その感覚は、とても大切ですね」宗介は静かに微笑んだ。
「実は、その違和感こそが、良いオラクルカードの使い方への入り口なんですよ。」
「え?」
「オラクルカードは、確かに『YES』『NO』の質問にも応えてくれます。でも、その使い方には少しコツがあります。」
宗介は店の奥から、古い革表紙のノートを持ってきた。

「まず、『YES』『NO』で聞く場合と、そうでない聞き方の違いを考えてみましょう。」
「違い、ですか?」
「『転職すべきか、しないべきか』と聞くのと、『転職について、今の私が知っておくべきことは何ですか』と聞くのでは、どちらがより深い洞察を得られると思いますか?」

紬は考えながらカフェオレを飲んだ。
「美味しい…。ありがとう、宗介さん。」
「そうですね…、後者の方が、いろんな角度からアドバイスをもらえそうに思えます。」
「その通りです。」宗介は頷いた。

「『YES』『NO』の質問は、答えは明確ですが、『なぜそうなのか』『どうすればいいのか』という部分が見えにくくなります。」
「確かに、そうですね。」
「例えば、カードが『転職すべきではない』というメッセージを示したとしても、それが『今はタイミングが悪いから』なのか、『今の会社でまだ学ぶべきことがあるから』なのか、理由が分からないまま終わってしまう可能性があります。もっと、深みのある出来事として捉えたいわけです。」

紬は納得したような表情を見せた。
「なるほど。それだと、結局モヤモヤが残っちゃいますね。」
「そうです。だからこそ、二択の質問をする場合も、少し工夫をした方がいいと言えるでしょう。」
宗介はノートを開いて見せた。そこには、いくつかの質問例が書かれている。
「例えば、『転職するとしたら、どんなことに注意すべきですか』と『今の会社に残るとしたら、どんなことを心がけるべきですか』という二つの質問に分けてみる。」
「おお、なるほど!」
「そうすることで、どちらの選択肢についても具体的なアドバイスを得られます。そして、そのアドバイスを聞いているうちに、自分がどちらにより魅力を感じるかが分かってくるんです。」
紬は目を輝かせた。
「それって、結果的に答えを導き出してることになりますね。」
「まさにその通りです。ゆっくりと焦らずに、出来事の意味を受け取っていく感じでしょうか。」宗介は嬉しそうに微笑んだ。
「カードに決めてもらうのではなく、カードのアドバイスを参考に、最終的には自分で決める。それが健全な使い方だと思います。」

紬は考えながら、ノートの質問例を見ていた。
「でも、どうしても『YES』『NO』で聞きたい時もありますよね?」
「もちろんです。」宗介は頷いた。
「そういう時は、聞き方を少し変えてみましょう。」
「変える?」
「『転職すべきか』ではなく、『転職することは、今の私にとってプラスになりますか』と聞いてみる。そうすると、単純な『YES』『NO』ではなく、より深いメッセージを受け取りやすくなります。」
「ああ、確かに!『プラスになるかどうか』だと、どんな風にプラスなのか、どんな点でマイナスなのかも分かりそうです。」
「…それから」宗介は続けた。
「時期を限定して聞くのも効果的です。」
「時期?」
「『今転職することは』と『一年後に転職することは』では、答えが変わる可能性があります。」

紬は興味深そうに聞いていた。
「タイミングによって、良い悪いが変わるってことですか?」
「そうです。今は時期が悪くても、半年後なら良いタイミングかもしれません。そういった時間軸も含めて相談できるのが、オラクルカードの良いところです。」
宗介は店の古い時計を指差した。
「それから、もう一つ大切なことがあります。」
「何ですか?」
「『YES』『NO』の質問をした時、もし、その答えに納得できなかったら、素直にその気持ちを受け止めてください。」
紬は首をかしげた。
「納得できないって、どういうことですか?」
「例えば、カードが『転職しない方がいい』というメッセージを示したのに、あなたの心の奥で『でも、やっぱり転職したい』という気持ちが湧いてきたとします。実際にそういう時もありますからね。」
「はい。」
「それは、カードが間違っているのではなく、紬さんの本当の気持ちが表れている瞬間なんです。」
紬は「あーッ。」と声を出した。
「つまり、カードの答えに対する自分の反応も、大切な情報ってことですね。」
「その通りです。」宗介は満足そうに頷いた。
「オラクルカードは、最終的に紬さん自身の内なる声に気づくためのツールですから。カードの答えに従うことが目的ではありません。」

紬はカフェオレを飲み終えて、深く考え込んでいた。
「なんだか、カードって思ってたより奥が深いんですね。」
「カードは、紬さんの人生の主導権を奪うものではなくて…。」宗介は静かに語った。
「むしろ、紬さんが自分らしい選択をするためのサポートをしてくれるものです。」
「分かりました。」紬は決意を込めて頷いた。

「今日は『YES』『NO』ではなく、『転職について今知っておくべきこと』って聞いてみます。」
「それは素晴らしい質問ですね。」
宗介の温かい言葉に背中を押され、紬はカードを手に取った。

手に取ったカードが、気のせいか温かく感じた。

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