刻詠珈琲店28杯目「恋愛について質問するときの注意点は?」オラクルカード【向き合い方編】

カードの使い方

路地裏にある、アンティークカフェ『刻詠珈琲店』(ときよみこーひーてん)。
マスターは東儀 宗介(とうぎ そうすけ)、かつて天使だった頃の名は、メネフィール (Menephiel)。
仕事帰りや週末に通う常連OKは、小鳥遊 紬(たかなし つむぎ)、28歳。中堅デザイン事務所のグラフィックデザイナー。

紅葉にはまだ早い初秋の休日、午後の陽射しが傾き始めた頃、『刻詠珈琲店』の窓辺には柔らかな光が差し込んでいた。
路地の街路樹はまだ青々としているが、葉の色にわずかな翳りが見え始め、季節の移ろいを静かに告げている。日中は汗ばむほどの陽気だったが、三時を過ぎると空気がひんやりと心地よく変わり、開け放たれた小窓から秋の風が店内に流れ込んできた。
カウンターの奥では、リネンシャツを着た年配の男性が、古い革装の本をゆっくりとめくりながら、時折、宗介の淹れる珈琲の香りに顔を上げていた。

「宗介さん、ちょっと相談したいことが…。」
紬は、いつもより少し真剣な声で切り出した。
「実は、最近気になってる人がいるんです。それで、その人のことをもっと知りたいなと思って、カードに『あの人は私のことどう思ってる?』って聞いてみたんですよ。」
彼女は、少し恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「そしたら、なんか、ハッキリした答えが出なくて…。もしかして、他人の気持ちを占っちゃいけないんですか?」
宗介は、紬に一杯のコーヒーを淹れると彼女の前に差し出しながら言った。
紬の純粋な疑問に宗介は優しい笑みを浮かべていた。
「紬さん、それは多くの人が抱く、よくある、そして、とても大切な疑問です。恋愛でカードを使うとき、わたしたちはつい『相手の気持ち』を知りたくなってしまうものです。けれど、本当にわたしたちが知るべきなのは、相手の気持ちではなく、自分自身の心なんだと思いますよ。」
「私自身の心…ですか?」紬は、見当が外れたような顔をしながら首を傾げた。
「ええ、そうです。もし、カードが『相手はあなたを好きだ』と教えてくれたとします。紬さんは、それを信じて、安心するでしょうか?それとも、『本当かな』と疑ってしまうでしょうか?」宗介はゆっくりと優しく問いかけた。
紬は、少し考えてから答えた。
「…たぶん、安心すると思います。うーん、でも、どうだろう?もしかしたら、ちょっと疑っちゃうかもしれません。」
「そうですね。そして、もし、カードが『相手はまだあなたのことをよく知らない』と伝えたら、紬さんはどうしますか?諦めてしまいますか?それとも、もっと頑張ってアピールしようとしますか?」
宗介の問いは、優しく相手に考えさせるような問いが多い。
「うっ…、それは、ちょっと落ち込むかもしれないけど、でも、もっと頑張るかもしれません。」紬は内心、諦めてしまう自分も想定したので、たどたどしい返答になった。
宗介は、穏やかに頷いた。
「つまり、相手の気持ちを知ったところで、紬さんの行動は結局、紬さんの心が決めるということなんです。相手の気持ちは、あくまで参考情報、判断材料に過ぎないわけです。本当に大切なのは、『あなたがどうしたいのか』『あなたがどんな関係を築きたいのか』という、紬さん自身の想いなのです。」
宗介は、カップを一口含んでから、言葉を続けた。
「恋愛でオラクルカードを使うとき、質問の対象を相手ではなく、自分に向けてみるというのはどうでしょうか。『私は、あの人とどのような関係を築きたいのだろうか?』といったように。そして、『そのために、私は今、何をすればいいのだろう?』と問いかけてみるんです。」
「たとえば、3枚のカードリーディングをするとしますよね?1枚目は『現状の質問』として『彼の気持ち』。2枚目は、『次に取るべき質問』として『彼とどんな関係を築きたいか』。そして、3枚目は、『最終的な質問』として『そのために私がするべきこと』と言ったようにです。」
「私の『願い』と『行動』ですね?」紬は、オラクルカードに触れながらうなずいた。
「そうです。オラクルカードは、紬さんの心の中にある、本当の願いや、潜在的な力を引き出すことが得意です。紬さんが『あの人と、お互いを尊重し合える、穏やかな関係を築きたい』と願っているなら、カードは、その願いを叶えるためのヒントをくれます。」
宗介は、優しい眼差しで紬の瞳を見つめた。
「たとえば、『自分自身を愛すること』というカードが出たとしますよね。それは、紬さんがまずは自分を大切にし、自分の価値を認めることで、初めて相手にも誠実に向き合えるようになります、というメッセージです。あるいは、『コミュニケーション』というカードが出たなら、紬さんの想いを言葉にして伝えることの大切さを教えてくれています。」
「なるほど、具体的にどうすればいいかを教えてくれるんですね。」
「その通りです。恋愛は、相手の気持ちを当てるゲームではありませんからね。それは、紬さん自身が成長し、相手との関係の中で、お互いに豊かになっていくプロセスですもの。相手の気持ちばかりを気にしていると、自分の心が置き去りになってしまいますから。」
宗介は、カウンターに置かれたオラクルカードに手を添えた。
「相手の気持ちを知ることで安心したいという気持ちは、とてもよく分かります。けれど、それは一時的な安心に過ぎません。本当の安心は、わたしたちが自分自身を信じ、自分の選択に誇りを持つことから生まれるんだと思います。」宗介の言葉は優しかった。
「自分を信じる…?」紬は自信なげにうなずいた。
「そうです。オラクルカードは、わたしたちがそのことを思い出すための、ひとつの道具です。『私は、どんな私でいたいのか』『私は、どんな愛を育てたいのか』そういった、自分自身の内なる声に耳を傾けることで、恋愛はもっと自由で、もっと楽しいものになりますよ。」
紬は、少し安堵したように息をついた。
「なんだか、今までと全然違う視点でした。相手のことばっかり考えてたから、モヤモヤしてたのかもしれません。」
「そうですね。相手の気持ちは、相手にしか分かりません。けれど、紬さんの気持ちと、紬さんの行動は、紬さん自身が決めることができます。だから、カードに尋ねるときは、いつでも『私はどうしたい?』という、紬さんの心の声に耳を澄ませてみてほしいって思います。」
宗介は、新しい豆を煎り始めた。

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