TAKEを念頭に入れたGIVEで愛を語る

いつもお読みいただき、ありがとうございます。
WallpapersHD-301
AQUA MIXT 潤治です。
恋愛過去生リーディングとの連動企画、
恋愛にまつわるさまざまなテーマを扱っていきます。
パートナーシップや恋愛においてお互いに成長を促されるタイミングは必ずやってきます。
それは季節が移り変わるように当然のことなのですが、
突然の大事件のように感じてしまう場合もあります。
相手に対して「こうあるべき」という姿を投影していた結果、
実際、相手が全く自分の予想していなかった姿であることも間々あります。
自分が見ていた「相手の姿」がいかに幻だったか…
そのハートブレイク(傷心)から、立ち直れないこともあるかもしれませんね。
もう恋なんてしないなんて…言うッ!、って感じでしょうか。
「相手を思う気持ち」を成長させていくためには、
すり合わせが必要と感じます。
僕が愛されていると感じる時…

それは相手が僕の気がつかないような所で気を遣ってくれることを実感する時です。
たとえば、家に帰るとご飯が作ってあり、お風呂が沸いていて、
枕元には折りたたんだ寝間着が置いてある…、

それを当然のような顔をして「お疲れさま」 と
声をかけてくれる。
なので、僕もそれをパートナーの寛子にしようとします。
だって、自分がされて嬉しいことですから。
して欲しいことを相手にしてあげる…僕の浅はかさです。
TAKE を念頭に入れたGIVE です。
すでにそれはGIVEではないのですが。

でも、彼女はそんな僕を面倒くさい人って言ってくれます。

寛子が愛されていると感じる時、
それは、ふたりが一緒にいるという時間の濃さや密度です。
たとえば、一緒に目的に向かって協力しあったり、同じビジョンを共有しあったり、
協働関係にあり、意思の疎通ができ、そのようにコミュニケーションをしている。

なので、彼女もそれを僕としようとします。
それが、彼女が愛されていると感じることだから。

そんな彼女に僕は、暑苦しい人って思ってしまいます。

お互いの愛し方、愛されているという意識の違い…
そこに夫婦喧嘩の種は眠っています。

とりこんだ洗濯物が折りたたまれずに放ってあると、
僕は自分が大切にされていないと感じます。

愛されていないと感じます。
彼女にとってそれよりも一緒に畳んだり、
会話をしながら片付けに取り組むことのほうが、
一緒にいる時間の密度が濃いと思います。
それが愛されていると感じるのです。

そのことを僕が無視して、無愛想に片付けを始めると彼女は愛されていないと感じます。
なぜ、怒っているのか、彼女には意味不明です。

お互いが 「愛されていると思う行動や意識」 が違うために生じる、

ささやかな、しかし決定的な相違点です。
ほんの小さなほころびが、大きくなっていくこともあります。
この相違点のために離婚することもあるでしょう。

まるで、話している言語が違うような感覚なのですもの。

お互いの感覚を、標準語にするために、

テレビやメディアが素敵というような夫婦像に
自分たちの感覚を合わせていくのもいいかもしれません。
「普通、こうでしょ?」 というように…。
ドラマの主人公の台詞を自分の言葉のように使ったり…。

お互いの生まれ育った環境が違うのですから、
その違いに目を向けてみる必要があると思います。

その違いが、お互いの「理解する才能」をさらに開花させていきますように…。

似たもの同士で、お互いが安心するところを探していると、
僕の心は穏やかでしたが、後々になって、
全く別の人間なんだと驚愕した僕の一度目の結婚でした。

違いを歓迎できるような人になっていければいいなと今は感じています。

違いに排他的→違いを容認する→違いを歓迎する

そんな変化をしていくのかもしれません。
それがパートナーシップ、人間関係の素晴らしいところですね、きっと。

恋愛賛歌は勇気の賛歌!でしょうか。

◆潤治の恋愛処方箋☆セキララレッスンはこちら…

関連記事

  1. 恋愛のように魂が喜ぶ仕事

  2. 勇気の一歩は持続する

  3. 自らの宝物に気づく スピマ講座感想

  4. 大天使~偶然の中にも必然のメッセージ

  5. 水シャワーが教えてくれたこと

  6. ゼロから始めることを怖れない

  7. 人生をどの立場で生きるのかを決める必要がある

  8. 野菜料理から生命の息吹を感じる講座

コメント

  • コメント (2)

  • トラックバックは利用できません。

    • 潤治
    • 2014年 5月 04日

    悦子さま
    いつもありがとうございます。
    恋愛をしていると思考パターンや価値観の似ているところを探しては、
    「同じだぁ。」と安心していたものです。
    杏里ではありませんが、僕はその人の幻を愛していたわけでしょうかw。
    犠牲や我慢や遠慮などでお互いのステージが違う場所から
    愛という形を模倣するのは、お互いに不幸ですね。
    自分らしくあろうとすることはいろいろなことに良い影響をもたらすし、
    ちょっと勇気が要ることでもあるなと感情的になる男女関係ではよく思います。
    恋愛万歳!

    • 志波 悦子
    • 2014年 5月 03日

    潤治さん、分かりやすい言葉で語ってくださって本当にありがとうございます(≧▽≦)
    そうなんですよね。
    恋愛中は、あ~、やっぱり似てるな~ってそればっかり探している私でした。
    そして会えなくなってから、考え方も全然違うのに一生懸命合わせようとして、自分じゃなくなってしまったことに気づいたのでした。
    そして主人とは恋愛期間もないまま、結婚して、相手の顔色ばかりうかがう日々で本当に苦しくなってしまいました。
    同じことを繰り返さないよう、今度は自分らしくでも相手の意見も尊重できるように擦り合わせていきたいです。
    いつもありがとうございます。

過去記事一覧