刻詠珈琲店13杯目「カードの「浄化」って、そもそも何のためにやるの?」オラクルカード【向き合い方編】

カードの使い方

路地裏にある、アンティークカフェ『刻詠珈琲店』(ときよみこーひーてん)。
マスターは東儀 宗介(とうぎ そうすけ)、かつて天使だった頃の名は、メネフィール (Menephiel)。
仕事帰りや週末に通う常連OKは、小鳥遊 紬(たかなし つむぎ)、28歳。中堅デザイン事務所のグラフィックデザイナー。

「宗介さん!」

紬は勢いよく珈琲店の扉を開けた。いつものように、仕事で疲れ切った表情だったが、今日は違っていた。目をキラキラと輝かせて、手には小さな紙袋を持っている。

「また買っちゃいました!オラクルカード!」

宗介は静かにコーヒーカップを拭きながら、わずかに微笑んだ。

「お待ちしてました。嬉しそうですね。どんなカードを選ばれたんですか?」
「えーっと、『エンジェルオラクルカード』です。天使の絵がきれいで、なんとなく惹かれちゃって。」

紬はカウンター席に座ると、そっと袋からカードを取り出した。美しい箱に入ったカードデッキを、まるで宝物のように両手で抱えている。

「ネットで調べたら、最初に『浄化』っていうのをしなきゃいけないって書いてあったんですけど、正直、よく分からなくて。」

宗介は手を止めて、紬の方を見た。
「浄化について、どんなことが気になりますか?」
「だって、新品のカードなのに、なんで浄化が必要なんですか?汚れてるわけじゃないし、お店で買ったばかりだし。」
紬は首をかしげながら、箱の表面を撫でている。

「なるほど、紬さんの感覚もわかります。」
宗介はは穏やかに頷いた。
「そうですね、では、こう考えてみてみましょう。このカードが、紬さんの手に届くまでに、どれくらいの人の手を渡ってきたと思いますか?」

「えっと…。」
紬は指を折りながら数え始めた。
「まず、作った人たちがいて、印刷所の人たち、それから箱詰めする人、運送会社の人、お店の人…まだまだ、関わった人はいそうですね。」

「そうですね。そして、その一人ひとりが、その時々の感情や想いを持っていたはずです。」
宗介は紬の前に、ハンドドリップで淹れたてのコーヒーを置いた。今日は少し甘めのヘーゼルナッツの香りがする。

「いろいろな人を経由して、この場所にあるわけです。そして、例えば、印刷所で働いている人が、その日、ご家族と喧嘩をしていたとしましょう。運送会社の人が、恋人との別れで落ち込んでいたかもしれません。お店の店員さんが、忙しくてイライラしていた可能性もある、そんな風にいろいろな人が関わっているとイメージしてみるのも楽しいですね。」

「そうっかぁ…。」
紬は手を止めて、宗介の言葉に聞き入った。

「物には、それに触れた人の感情や想いが、微かに残ることがあります。特に、オラクルカードのような、精神的なエネルギーを扱う道具は、そういった影響を受けやすいものです。」
紬はコーヒーカップを両手で包みながら考えていた。
「つまり、浄化っていうのは、カードについた他の人の感情をリセットするってことですか?」

「紬さん、その通りです。」
宗介は静かに微笑んだ。
「カードを、まっさらな状態に戻してあげるんです。まるで、新しいノートを開く前に、表紙を拭くようなものですね。」

「なるほど!」
紬の表情が明るくなった。
「でも、そんなに敏感なものなんですか?カードって。」

宗介は少し考えてから答えた。
「紬さんは、古着を買った時、どうしますか?」
「えーっと、一回洗濯します。前の人が着てたものだから、なんとなく。」

「その『なんとなく』の感覚は大切です。そういった感覚的なものですが、古着に前の持ち主の体臭や何かが残っているように感じるように、カードにも前に触れた人のエネルギーが残っている可能性があると感じることもあるでしょう。
浄化は、そのエネルギーを洗い流すような感覚ですね、リセットするような感覚です。」

紬は「あー。」と声を出して納得した。
「じゃあ、中古で買ったカードは特に浄化が大切ってことですね。」

「はい。中古のカードには、前の持ち主の使い方や想いが深く染み付いていることがあります。その人が悲しい気持ちでリーディングを重ねていたとしたら…。」

「ネガティブなエネルギーが残ってるかもしれないってことですか?」
宗介は頷いた。

「可能性はありますね。だからこそ、浄化をして、カードをリセットしてあげるわけです。新しく自分との繋がりを作るために。
そうすることで、カードは紬さんの純粋な直感と繋がりやすくなりますよ。」

紬はカードの箱をじっと見つめていた。
「でも、新品のカードでも浄化は必要なんですよね?」

「念のため、と考えてもらったほうがいいでしょうか。より、カードと親密になるための儀式のようなものとして。」
宗介は優しく答えた。
「新品でも、製造過程や流通過程で、様々な人の手に触れていますから。それに、浄化の儀式自体が、『これから大切に使います』という、カードへの敬意を示すことにもなります。」

「カードに敬意を示す??」紬は呟いた。

「オラクルカードは、ただの紙の束ではないです。紬さんの内なる声、直感を引き出すための神聖な道具です。その道具を大切に扱うことから、良いリーディングは始まりますよ。そんな素敵なイメージをしてみるとカードと仲良くなれますよ。」

宗介の言葉に、紬は深く頷いた。
「分かりました。じゃあ、どうやって浄化すればいいんですか?」

「方法はいろいろありますが…。」
宗介は店の奥から、小さな白い皿を持ってきた。
皿の上には、細い線香が一本立っている。
「一番簡単なのは、お香の煙にくぐらせることです。」

「お香ですか?」紬は目を丸くさせながら言った。

「セージやサンダルウッド、フランキンセンスなどが一般的ですね。煙がカードの表面を通り過ぎることで、余分なエネルギーを取り除いてくれます。」

宗介は線香に火をつけた。ほのかに甘い香りが店内に漂う。

「カードを一枚ずつ、煙に通してあげてください。
『ありがとう、きれいだね。』という気持ちでするといいですよ。」

紬は慎重にカードの箱を開けた。中から現れた美しいカードデッキを手に取り、一枚ずつ丁寧に煙にくぐらせていく。

「なんだか、本当にきれいになっていく感じがします。」

「それは、紬さんの気持ちが込められているからですよ。」
宗介は静かに見守っていた。
「浄化の効果は、技術だけではありません。『このカードを大切にしたい』という想いこそが、一番大切な要素なんです。」

「ですからもしお香がなければ、静かにカード一枚一枚に挨拶をする儀式だけでもいいんですよ。」

全てのカードを煙に通し終えた紬は、満足そうにため息をついた。

「宗介さん、ありがとうございます。なんだか、本当に私だけのカードになった気がします。」

「いいですね、おめでとうございます。」
宗介は紬のほうを見ながら、微笑んだ。
「これで、紬さんとカードの物語が始まりますね。」

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