問いかけや質問力は過去の信念を溶かし始める

先日、西伊豆の戸田という町を訪れた。

東伊豆のように、大衆に迎合した施設などはなく、その土地の人たちの生活が漂っていた。
自然や空間、時間を守ることの方が優先順位が高いということだろうか。9f1254185181fa0882292ff0ee21eabc_s

さて、さかのぼること旅行前日。

ぼくは前後不覚の高熱を出し、床にふせっていました。
次の日の朝は早いので、本日中に完遂しておかなければならない任務があったのです。

寛子には、小葉と2人で行く可能性があるという無茶な提案をする始末。
身体がいうことを聞かずに、高熱と頭痛が押し寄せました。

しかし、

その任務を終えずに西伊豆の海を楽しむことは不可能であり、
どうしてもこの肉体に鞭打ってぼく自身でやり遂げなければならないものがありました。

DVD返却 である。

しかも、今回はエレクトリカルパレードというか、エロティカルハレンチというか、
オトナの教材が含まれていたので、本日中に発熱を終え、秘密裏に車に乗り込み、
夜中でも返却ポストに入れる覚悟を決めていました。

誰の手を借りることは出来ねぇ!
僕の趣味嗜好を世にさらしめることは屈辱でしかない!

僕の心は決まっていた。
自分で返却することだった。

さて、

アダルトビデオを借りる時、男は3本借りるという定説があるらしい。(潤治調べ)

1本目は以前から気になっていたもの、またはその場でビビッと「一目惚れしたモノ」。
(直感というよりは、身体に聴いた?と言えるかもしれない。)

2本目はお店のレンタルランキング上位に君臨する、まさに「王道のモノ」である。
(人気女優、有名企画ものなど)

3本目は「チャレンジ」だ。
今までの人生の延長線上なら決して選ばないモノ。
人に見られたら、「え、この人、何?引くゥゥゥゥ!」と思われてしまっても、
自分の中の好奇心が疼くものだ。

若かりし日は、ここに「保険」と呼ばれる追加2本を借り、
レンタルビデオ屋を後にするのだが、すでにそのほとばしる情熱はない。

以上、余談だが、
漢(おとこ)が、アダルDVDを複数本借りるとお得などのキャンペーン時、
しかも、オールアダルトの場合の借り方を紹介した。

結局、ぼくは観る暇も元気も無いまま高熱を患い、
苦しんだだけの今回のレンタルでした。

旅行前日の朝、僕は早めの決断をしました。

「寛子、レンタルDVDの返却をお願いしたいのですが…。」
「え、イイよ。どこにあるの?」
「これです。中身の方はなにぶん内密にお願い致します。」
「バカッ、中身観ないよw。じゃあ、返してくるね。」

僕が創り出していた世界は、「猫が虎に見えるような世界」だったのです。

ややもすれば、恥ずかしさをひた隠すために
無理な行動や家族にとって不審な言動をとっていたかもしれません。
それらの言動の正当化をしていっそう不可思議な ことをしていたかもしれない。
先ほどのぼくの「旅行に母子を行かせようとする言動」にも、
全く影響をしていないとは言い切れないわけですから。

羞恥心は、そのように見られたくないという「不快を逃れる行動」のひとつです。

人の動機には快を求めるものと不快を逃れるというものがあり、
その多くの動機は不快を逃れるためにあると言えます。

つまり、僕たちは自分が創り出した世界から逃れるために生きている瞬間が
人生において多くを占めていると言えます。

羞恥心は代表的な「不快」です。
怖れ、敗北感、嫉妬心、卑小感、負い目や劣等感などもそうでしょう。

しかし、それは自分が創り出して、今なお、正当化し続ける世界で発生するものです。

「今、感じていることは、誰のものだろうか?
いつ、それは創り出されたのだろう?
わたしに、その感情は必要だろうか?それを選び続けたい?
そうすることで、わたしは何を得ている?」

問いかけは過去に創り出した信念を溶かし始めるでしょう。
質問力は、選択肢を広げ、行動を促し、可能性を広げるでしょう。

投稿者
この記事を書いた人

スピリチュアル・カウンセラー ・催眠療法士・整体師 ・菜食料理研究家

両親の離婚をきっかけに、小学生の頃より心理学やコミュニケーションを探究し始める。
リストラ・離婚という逆境の中から、自分の生き方を見出す。
20年前より、学校カウンセラーとして、親子の悩みに寄りそい、現在は夫婦の「直感磨きセラピーサロン」を15年間主宰している。

自身の逆境の多かった経験から、コンプレックスや生きづらさを才能として活かす生き方のサポート、セラピスト・ヒーラーの育成をしている。

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