生と死の近くにいる存在・子どもたち

ちょうど1年ほど前に、当時5歳だった娘の小葉(このは)が語ってくれた、前世の天使のお父さん・お母さんの話。

6歳の現在でも覚えているようで、昨日また同じ話をしていました。

子どもといっても個人差があり、何歳までその生まれ変わりの記憶や胎内記憶を語るのか、あえて話さない子もいるし、いくつになっても覚えている子も少数派ですがいます。
一般的には、言葉の上達と共に3~4歳くらいから徐々に忘れてしまうようです。

「パパとママをね、天使のiPad(タブレット)で選んだんだよ!」

とも言っていたので、顔写真を閲覧しながら両親を選ぶシステムが、天界にはあるのかしら?!

いつもとても、興味深い話をしてくれます。

そして、いろいろな制限のない子どもたちにとって「死」の概念も全く違います。
それは転生の記憶もまだあり、生死の狭間の近くにいる存在だからかもしれませんね。

以前、鶏をしめてさばくという体験をしたことがあるのですが、若い鶏は素直に捕まり、ある程度年を重ねて頑張ってきた鶏はそれを察知して逃げだしたということがありました。

その体験談は「いのちをたべる」シリーズをどうぞ。
いのちをたべるシリーズ

生の年数を重ねていない方が、生に執着をしないとも言えます。

この冬休みは、娘と自転車で市内あちこち出かける練習をしました。
交通ルールを覚えつつ、小学生サイズの自転車に慣れつつ。

カルガモ親子のように家族で並んで道を走っていたのですが、こちらは事故に遭わないようにという親心で一生懸命危ない交差点や「止まれ」の標識などを教えます。

しかし娘は、実にあっさりしています。

「もし、このはが死んじゃったら。魂はまたママのお腹に入るからね!」

いや、もう一度出産だなんて、そんな手間かけさせないでください!!!!!
それだったら、元氣に育って、第二子も産ませてください!

これも、生の年数を重ねて「死」という概念に毒された大人の私と、「死」は単純に終わりであり始まり・再生という意味合いの方が強い子どもの感覚、という違いなのでしょう。

スピリチュアルな学びを重ねる中で、私も頭では分かってます。
「死」が別れでもなければ、終わりでもないということを。

でもやっぱり…子どもに先に死なれるのは、ダメですね。家族や家族のように大切な人に先立たれるのは、トラウマなのです…
ほんとに、そんなことあっさり言われてしまうというのも、異常に死に別れに怖れを抱いている私の学びのためなのでしょう。

新しい学びを運んできてくれた娘の小葉は、相変わらず人生の師匠です。

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