感情をこの世からなくしてしまったら、どんなに安らかな世界だろう…

先日、インディゴエンジェルグループワークショップを開催しました。

その優れた感受性で、生きづらい人生を創り出してしまっているとしたら?

という問いを持ちながらのワークショップでした。

特に「感情のサイクル」を使ったワークは生きづらくする大きな要因を垣間見るものでした。

そして、その感受性が、暴走しやすくなるのが人間関係です。

人間関係の中で繰り広げられる「感情ゲーム」のおかげで、自分らしく生きる人生から遠ざかり、今世で迷子になりがちです。

僕自身、喜怒哀楽が激しいタイプと自覚しています。
側にいる人にその火の粉がかかってしまうのでは?と不安になることもしばしばです。

氣分屋であまのじゃく、我慢強いようでキレやすい、内弁慶で甘えん坊、涙脆くところがありながら、内なる暴力性がえげつない、自己憐憫に浸り、感情の暴走が止まらないこともしばしば…。

社会不適応者とはこういう人を言うのだろうと思います。

それが皆さんのおかげでセラピストと呼ばれながら、生きることができているのですから、自分を知り、ライフパーパス(人生の目的)を生きることの素晴らしさを感じざるを得ません。

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しかし、この数年、娘の前で感情的になる自分が情けなくてしかたありません。

その僕に彼女は微笑みながら、腕を組んで頭を撫でようとしてくれます。

いっそのこと、僕に感情などなかったら、安らかな世界なのではと思うことがあります。

悲しみやいらだち、嫉妬や悔しさ、怒りや虚しさ、寂しさがなかったら、それらを感じないようにできたら…。

草木のように、ただただ漂うように生きることができれば、人と接しながら、空気のように存在し、感情の波など感じなければ、幸せになれるのに。

喜びも悲しみも寂しさも怒りも感じないでいられれば、穏やかな日常になるだろうと。

人間関係の「感情ゲーム」に踊らされることもなくなれば、石のように過ごすことができるかもしれません。

わたしは石になります…w。

社会人、夫、父、息子など役割を演じている時は、感情的にならずにいられることが多いように思います。
(自分自身になるのではなく…)

または、あらゆる人と適当な距離感で不可侵条約を締結していれば、これもまた自分の感情を味わわなくて済むでしょうか。(それが社会人というものかも?)

ライフパーパス個人レッスンでは、この感情を味わうことを大切にしています。

この「感情ゲーム」を超えたところにもっと素晴らしい人生の目的、生まれてきた意味があるからです。

しかしながら、感情を感じないようにしていることと、感情的に安定している人とでは世界の在りようが違ってきます。

もともと、天界では味わえない人間世界の「感情」を存分に味わうために生まれてきた僕たですから(僕だけ?)、この感情という人間関係が創り出す素敵なギフト(ツール)を使いこなすことで新しい世界が見えてくると感じます。

残念ながら、すべての感情を味わい、受け入れていくことで、この世に生まれきた意味を深く知ることになるようです。

あなたの周りで、あなた自身を感情的にしてくれる「神の使い」はいませんか?w

僕にとって、妻の寛子、娘の小葉は使いの中でも先頭にいてくれる人たちです。

「感情のサイクル」を使ったワークショップは別の視点でもやりたいと思っています。

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