聖ヶ丘商店街 うどん店「ぽんぽこ」

潤治の徒然草

こんばんは、潤治ですいい気分(温泉)P4070044.jpg
ここ多摩市聖ヶ丘の桜もいよいよ満開です。
ハラ…、ハラ…、と桜がすこしずつ散り始めています。桜の見ごろはアッという間…。その瞬間その瞬間を大切にしていきたいです。桜の見ごろにあわせてセッションのご予約を入れる方もいらっしゃいます。
桜ヶ丘公園の桜は、静かでしっとりと花見ができるので落ち着いて観られたい方にはお薦めです。
P4070041.jpgそうして、AQUAMIXT の聖ヶ丘セラピールームにお越しになられた方で、聖ヶ丘商店街に寄られる方も少なくありません。
このたび、その商店街に飲食店が、オープンしました。
うどん店の 「ぽんぽこ」 です。地元の新聞では、“障害者の工房がこだわりの味” ということでとりあげられました。
その記事には、“障害者の工賃アップも計画している…” と書かれていました。
“障害者の工賃アップかぁ…” と昔の記憶をたどっていると…。
昔の上司の声が聞えてきそうです。
P4070042.jpg「俺の夢はな、うちの子のような障害者って言われてしまう奴らが働ける場所を作ることなんだよ。そのためには、俺は何だってするよ。」
僕がスーパーマーケットを辞め、自分で人生を切り拓こうと模索している頃、上司に会いに行くとよくそんな話をしてくれました。

僕がまだ、20代 新入社員の頃…。
スーパーマーケットで、野菜や果物を扱う青果部門で働いていました。
その時にお世話になった上司は、僕にいろいろな気づきと人生に対する姿勢を教えてくれました。(実践するのは、しばらく後になりましたが…)
ある日、その上司と熊谷市場に野菜の仕入れに行った帰りに、ある田舎の交差点で…。
小学生たちが1年生から6年生が、数名で班を作って登校していました。
僕が子供の頃には、いつも決まった時間に班の仲間が家に呼びに来て、一緒に学校へ行っていました。目の前に映る光景を何だか懐かしいように見つめていると…、上司が言いました。
「水本、お前、小学生の時、登下校は班を作ってしていたか?」
「はい、大体6年生が班長で、いつも一緒に行っていましたよ、学校。」
「そうか、班で登校する制度、無くなるんだよな。うちの子の学校。」
「え、そうなんですか? でも、僕が小学生の頃、みんなで一緒に行くの結構、煩わしかったですよ。寝坊する子とかいたし、歩くペースも違っていたりして…、班長は黄色い旗を持ち歩くんですよ、あれ、面倒だったなぁ…」
「水本さ、あの上級生が下級生の歩くペースに合わせながら、歩くってとても大切なことだよ。そうやって自分とは違うペースの子たちがいると気遣うようになるんだよ。自分とは違うペースを受け入れるって頭で考えることじゃないからな。そうやって身体で覚えていくんだよ。なのに…そんなことを教えてくれる 班制度を無くすなんて、何を考えているんだろうな。」
「そんなふうに考えたことなかったですよ、僕。」
上司のお子さんは、知的障害者と呼ばれる子で、中学校からはその受け入れをしてくれる学校に行くんだと教えてくれました。上司が、登下校風景に感じていたことがなんとなくわかったような気がしました…。
それから数年が経ち…
上司も僕もそのスーパーマーケットを辞め、上司は独立開業をし、僕は人生を模索していた時、話をする機会があって、息子さんの話題になりました。
「うちの子の工賃、1日数百円のレベルなんだぜ。笑っちゃうよな。社会活動に参加できるだけでもいい…ってやつだな…。俺の夢、聴いてくれるか?水本…」
冒頭の話は、その後に上司が話してくれた内容です。
ある世界では、目に見える尺度でお金を換算しています。
ある時間内の仕事量、技術、生産量…
ある世界では、目に見えない尺度でお金を換算しています。
たくさんの笑顔の数、ありがとうの数、感謝の数、元気にしてくれる雰囲気…
どの世界のお金を得たいか、
どの世界のお金を使いたいか…
うどん店でいただくうどんを食べながら…
店員の皆さんの素晴らしく、元気をくれる笑顔の多さにそんなことを思っている潤治なのでした。
僕の手渡したお金という感謝状が、お店の皆さんはもちろん、工房で働く皆さん、それを支える家族、周りの人たち、たずさわる人々に届くことを祈りっています。

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