マスターは東儀 宗介(とうぎ そうすけ)、かつて天使だった頃の名は、メネフィール (Menephiel)。
仕事帰りや週末に通う常連OKは、小鳥遊 紬(たかなし つむぎ)、28歳。中堅デザイン事務所のグラフィックデザイナー。
店内では、雨に濡れた傘を傘立てに立てかけた若い女性が、カウンター席で両手をコーヒーカップに添えている。
紬は、周囲を気にするように声をひそめた。
「メルカリとかで、中古のオラクルカードって売ってるじゃないですか。あれって、前の持ち主の『念』みたいなものが残っていたりしないんですか?やっぱり、新品を買ったほうがいいんでしょうか?」
彼女の質問は、カードに携わる多くの人が一度は抱く、とても素朴な疑問である。
豆を挽き終えた宗介は、彼女の不安を解きほぐすように、ゆっくりと語り始めた。
「紬さん、その気持ちわかりますよ。そうですね…、もし、紬さんが素敵なカフェに入ったとしますよね?そして、そのお店のカップが、誰かが使った中古のものだったとしたら、その人の『念』が残っていると感じるでしょうか?」
「え、思わないです。だって、ちゃんと洗ってあるから…。」
「そうですよね。カードも同じだと思いますよ。紬さんが手に取ったカードが、しっかりと浄化されているのならば、そこに前の持ち主の『念』が残ることはないと言えます。」
「浄化…って、先日教えて頂いた方法でですか?」
「そうです、そうです。覚えていますか?カードの浄化には、様々な方法がありましたね。月光浴をさせたり、ホワイトセージの煙にくぐらせたり、クリスタルの上に置いたり、いろいろ方法がありました。そして大切なのは、そのカードを『きれいな状態に戻す』という意図を持って行うことでしたね。使ったカップを洗い、新しいお客さんを迎え入れるのと同じことでしょうか。」
宗介は、穏やかな笑顔で続けた。
「カードは、私たちが思っている以上に、純粋なエネルギーを持っています。紬さんの心の鏡とも言えます。もし、紬さんが『前の持ち主の念が残っているかも』と不安に思うのならば、その不安なエネルギーが、リーディングに影響を与えることもあるでしょうか。」
「…そうか。私の不安が、カードに映っちゃうのか…。」
「その通りだ。ですから、中古のカードを手に入れたとしても、心配する必要はありません。むしろ、誰かに大切にされていたカードが、新たな持ち主である紬さんの元にたどり着いたと考えてみるのはどうでしょうか。旅を続けてきたカードが、ようやく安らぎの場所を見つけたような。紬さんの元へ、ね。」
宗介は、優しく言葉を付け加えた。
「この世に、偶然は一つもありません。もし、紬さんが中古のカードに惹かれたのならば、それは、そのカードが紬さんの元に来ることを望んでいたと言えるでしょう。そのカードが、紬さんに特別なメッセージを伝えたいと願っているということ、ですね。」
「…なんだか、そう考えると、中古のカードも素敵に思えてきました。」
「豊かな心持ちですね。大切なのは、新品か中古か、ということではなくて、紬さんがそのカードを手に取ったときに、心が温かくなるか、ワクワクするか、ということが大切だということです。紬さんの直感を信じること。それが、オラクルカードと向き合う上で、最も必要なことと言えるでしょうか。」
紬は、少し考え込んでから、また口を開いた。
「でも、すごく欲しいカードがあるんです。絶版になっちゃってて、どこを探しても見つからなくて…そういうカードって、もう手に入らないんでしょうか」
「絶版のカードですけ。確かに、人気のあるカードほど、すぐに手に入らなくなってしまうことがありますよね。」
宗介は、少し考えるように視線を上げた。
「けれど、カードを愛する人々の間には、美しい循環があります。自分が使い終えたカードを、次に必要としている人へと手渡していく。それを『ペイフォワード』と呼んでいます。」
「ペイフォワード…?」
「そう。誰かから受け取った優しさを、また別の誰かへと渡していく。カードの世界でも、同じことが起きています。もう使わなくなったカードを、そのカードを探している人へと繋いでいく。そんな温かい交流の場がありますよ。」
宗介は、カウンターの下から一枚のフライヤーを取り出した。
「オラクルカード ペイフォワード会。使わなくなったカードを持ち寄って、必要としている人に譲る。あるいは、探しているカードと出会える。そんな場所です。」
「わあ!こんな会があるんですね!」
2025年10月25日開催フォーチュンカードマケット秋[ペイフォワード会]
「カードは、ただの物ではありません。それぞれに込められた想いやエネルギーがあります。だからこそ、カードが本当に必要としている人の元へ届くことに、大きな意味があると思います。紬さんが探している絶版のカードも、もしかしたら、こういった場所で待っているかもしれませんよ。」
紬は、フライヤーを手に取り、目を輝かせた。
「行ってみたいです。なんだか、同じようにカードを愛している人たちと出会えそうで、ワクワクします。」
「そういうワクワクって素敵ですよね。カードを通じて人と繋がることも、オラクルカードがもたらしてくれる素晴らしい贈り物の一つです。紬さんが探しているカードが、そこで待っているかもしれないですし、そして、紬さんが誰かのために、カードを繋ぐ役割を果たすこともあるでしょうね。」
宗介は、温かい眼差しで紬を見つめた。
「カードは、人から人へと渡っていく中で、新しいエネルギーを宿していきます。前の持ち主の愛が、次の持ち主の喜びとなり、また次の人へと受け継がれていきます。それは、まるで川の流れのように、絶えず新鮮な水を運んでいくようなもので…、ペイフォワード会は、その流れを生み出す、大切な場所なんですよ。」