先日、ディズニーリゾートに家族で行ってきました。
小葉のペースで園内を見て回るのは、大人のペースと違うのは当然ですが、戸惑うことばかりでした。
急ぐこと、忙しくすることをことごとく阻む彼女ですが、そこから多くのことを学んでいます。
効率を無視して、今ある感覚に従う恩恵とも言えるでしょうか。
幸せは獲得するものではなく、感じるもの
意味なんか探さずに今を楽しもう
…とでも言うようです。
特に、ディズニーシーでは子供たちの遊び場のような場所でその時間を多く過ごしました。
いつのまにか、労力や費用に対しての結果や成果を求めている自分に気付かされます。
それをすることは…
損か得か?
意味があるかないか?
評価されるかどうか?
モテるかどうか?
それもきっと、誰かの価値観や世間一般のそれを自分のもののように感じていたのでしょう。
僕はそういう意味で今、リハビリ中なのかもしれません。
僕が小学生の頃、スカートめくりが流行りました。
リアルにパンツを見たいと言うのはもちろんのこと、めくられた女子が恥ずかしがる姿を見たかったのだろうと、思い返します。
麻疹のようなもので、男子の間で大流行でした。
「まいっちんぐマチコ先生」などという低俗なアニメが男子たちの情熱をかき立ててくれましたから。今でも原作者であるえびはら武司大先生から受けた恩恵を忘れていません。
さて、いち早く罹患した僕は、スカートめくりがスムーズにいくように、友人何人かとチームを作り、より効果的にスカートをめくろうと頑張りました。
また、スカートめくり機を作ろうということで、男子数人(違うクラスの子も)が集まり、製作会議を開きました。
遠くからでもスカートがめくれるように釣竿を持ち出す者、体育の時間にスカートに穴を開けておくためにハサミを使おうとする危険思想な者、マジックハンドを購入するためにお小遣いの前借りを親に申請する者…
各人が何かしら成し遂げようと意志を持ってひとつになる瞬間でした。
女子からは「バカな男子!」「先生に言いつけるからね!」「よくやるよね?」「みんな、あんたたちの悪だくみを知っているよ!」「それでもやるの?バカじゃない?」と罵られました。
男子数人が集まり、さまざまな可能性を信じて、思いをひとつにして邁進する時間はその後の友情につながりました。
違う中学・高校…と進んでも、その友情は消えることはありませんでした。
スカートめくりブームは、その後、女子のおしりを触るという斬新で、うらやましい異端な者たちの勃興によってブームは去りました。
結局、スカートめくりブームは似たもの同士がつながる良い機会になっただけでした。
とても大切な機会でした。
「そんなことして意味あるの?」
「意味あるかどうかわからないけど、やっていると楽しんだ!」
僕たちが生まれてきた理由のひとつは…
「人生を楽しむこと」ですもの。
そういうものに僕はなりたい。