いのちをたべる(4)

こんばんは夜 寛子です。
少し間が空きましたが「いのちをたべる」シリーズの続きを書かせていただきます。

みんなが静かに見守る中、逆さに吊るされ頸動脈を切って放血が行われていた鶏の気持ちを、私は感じていました。
あとで飼い主のだいごから、絞める2羽を選んだいきさつを聞いた時に、なるほどと納得がいきました。
死への怖れはなくただ運命を受け入れているプリマちゃん、生への執着から抵抗を続けるレッドちゃん、この2羽は何が違ったのでしょうかexclamation&question
今回は、絞められる鶏たちの気持ちについて焦点を当てた体験談です。

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R0012736.JPG頸動脈にナイフが入れられた、抵抗する様子のないプリマちゃん。(写真再掲)
頸動脈からほとばしる血が、ボトボトと大地に滴ります。

美味しいお肉としていただくために、心臓が動いている間に体内の血を抜く「放血」です。途中苦しそうにバサバサと羽ばたいたけれどもそれも少しで、放血後静かに息を引き取りました。
プリマちゃんの気持ちをリーディングしていた(読んでいた)私ですが、とても静かで感情的な乱れは感じませんでした。

最初から一貫して、死を受け入れていました。1歳未満という若さは、生への執着も生まれにくいのでしょうか。

一方、生へ執着しているレッドちゃん
その緊張はナイフを持つHさんにも伝わり、頸動脈が切れずに首にためらい傷(?)がつくばかり。

いよいよ頸動脈にナイフが入り放血が行われている最中、レッドちゃんはずっと苦しそうに何かを訴えるように、目を見開き、口を開き、羽根を緊張したままゆっくりとばたつかせている。その時間は、とてもとても長く感じました。いつまでも、いつまでも・・・そこにいる全員が、苦しまないように・・・という祈りの気持ちでいたのです。
けれども、レッドちゃんの身体の緊張が取れることはなかったのです。

レッドちゃんの気持ちは(私は、こんなにやってきたのに・・・なんで?なんで?)という、報われないような思いが強く伝わってきました。
3年も卵を産み続け、レッドちゃんなりに奉仕をしてきたこと、その年数が生への執着を強めるのでしょうか。

あとになって飼い主であるだいごが、絞める鶏を選んだいきさつを話してくれました。
鶏もそれぞれ個性があり、一日の終わりに仕事上がりのだいごに寄ってくる子など、コミュニケーションがあるそうです。
しかしレッドちゃんは普段、だいごに寄ってこない(挨拶をしてこない)のでちょっと面白くなかったそうです。つまり、だいごにとって気に入らないの性格のレッドちゃんを選んだのです。
ちなみに、プリマちゃんは特に性格に問題はなかったそうです。
そんなだいごの気持ちも、鶏には伝わるのですね。

気に入らないからという感情を含む選択は、レッドちゃんにとっては3年も卵を産み続けてきた生活に対して報われない思いとなり、生への執着となったようです。
一方プリマちゃんに対してはそのような感情はなかったので、素直に私たちの学びのための死を受け入れたようです。

そんな事実と、2羽の気持ちを思い起こしていた時に思い出したことがありました。

オーストラリアの原住民アボジリニーたちは、猟をする前に神に感謝し、祈るそうです。
「私たちに、食べ物をお与え下さい」と。

その後に自分たちの前に現れた獲物は、食べられる準備が出来ているので狩ることが出来る。
そして恵みに感謝しながら、いただくのだそうです。

神ではなく自然という言葉でもいい。自然の恵みに感謝する思いが、食べられる動物にも伝わる。
それを受けて食べられる準備の出来ている動物には、死を受け入れている。
私は現在菜食主義ではありますが、肉食そのものが悪いとは思っていません。動物愛護という考えでもありません。
現代社会での食の問題は、多くのネイティブピープルが持っていた自然の恵みに対する「感謝」が欠けた現場が多いということです。

だいごの飼っている鶏の入手先は様々ですが、いわゆる一般的な養鶏場から貰ってきた鶏も居るそうです。
大自然を駆け回れるだいごのうちにやってきたその鶏は、最初は羽根をばたつかせることも、歩きまわることも知らなかったそうです。
少しずつ環境になれてくるなかで、「アレ・・・羽・・・羽ば・・・羽ばたける!」とぎくしゃくしながら徐々に自由に羽ばたくこと、歩くことを覚えていったそうです。
つまり、ずっと身動きが全く出来ない鶏舎で育っているということなのです。

そしてそこの採卵種の鶏たちは、3年目に廃棄されてしまうという事実。採卵用だからと食用にもされず、廃棄物扱いとなり処分されるのです。

レッドちゃんの同い年の採卵用の鶏たちは、もう居なくなっていたのです。

私たちは、採卵種のレッドちゃんを夕食でいただきました。食肉用は1歳未満でいただくことが多いそうですが、採卵種であり年も取っている、でもそんなこと気にならないくらい身が締まっていてしっかりした味で、とても美味しくいただきました。

他の採卵種がただ処分されてしまうという事実に、ショックを受けました。
どうして3年目に処分されてしまうのでしょう。採卵用ですから、毎日元気に卵を産んでくれる方がいいのですね。年を取った鶏は、産む卵に対して育てるコストが掛るということでしょう。

それだけではなく、病気にならないように抗生物質漬けだったり、他の鶏を傷つけないようにくちばしを切ってしまう、羽根がすれて化膿するので羽根が生えないように薬を飲ませる・・・なんて話もあります。

さてそれは、養鶏場の問題でしょうか。
否。

養鶏場がそうせざるを得ない原因は、誰が作っているのでしょうか。
それは、私たち消費者です。

スーパーに並ぶ特売の卵をみて、疑問に思わず買う私たち。
もっと安いものをと、求め続ける私たち。
そうすると、もっと安く・・・を養鶏場は追及しなければならなくなります。
効率やコストが重視されるようになります。
自然の中でいっぱいに走り回っていい餌を食べている鶏たちの卵。これを流通にのせて価格をつけるとしたら・・・スーパーで一般に売っている価格には決して出来ないでしょう。

最近は農家と直接契約して、オーガニックフードを扱う通販も増えました。それでも、いいお値段です。
ちょっと前は、肉の偽装問題がニュースをにぎわせましたね。
偽装する側の倫理も当然問題なのですが、業界では偽装は当たり前だそうです。(元流通業の潤治より)
何故偽装をするようになるかと言えば、何よりも安さを求める消費者がいるという事実。
業者を責める報道が多いですが、私たち消費者自身が事実を知った上で賢くならなければいけないことを説く報道はほとんどありません。

私たちが、いのちの価値を忘れて価格にとらわれている飽食の時代。
本当の意味での食の豊かさが、失われつつあると感じます。
私たちが命を食べるワークショップの夕食でいただいた鶏は、なかなか国内では食べられないほど味が濃く身が締まっていました。

少量でも充分満足してしまう、本当に美味しい鶏肉でした。命のエネルギーが、ぎゅっと凝縮されていました。
AQUA MIXTでは「食」についても多くワークショップやレッスンで取り上げています。
菜食になるメリットはお伝えしていますが、みんな菜食になるべきだ!とは一言も言っていません。肉類を食べることも禁止はしていません。
一番お伝えしたいのは、自然の恵みに、命に感謝をし、そしていただく、真の食の豊かさについてなのです。
(その5に続く)

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