愛される価値がないと決めた日

おはようございます、潤治ですひらめきIMG_2730.JPG
最近、夫婦喧嘩が減りました。
おおもとにあった原因である、主体的に決めず、相手のペースに合わせ、後になって不満を爆発させるという僕の癖が、溶けていくようになくなっていきました。
感情的に主体性を発揮するには、心の筋肉を鍛える必要がありますが、やればできると “自分を自分で褒めたい” 気分です。
寛子とのパートナーシップにおいて、
成長する指針が見えて、迷子にならずに済んでいます。
物事や人に反応的で、感情に振り回され、迷子になることも可能です。
今だって、心の筋肉が脂肪に変わっていけば、またそうなる可能性はあります。
毎日、少しずつでもいいから、心の筋トレをしたいと感じています。
僕の迷子になる癖は、ひとつの決断から始まりました。
「自分には愛される価値が無い」 という幼い頃の決断です。


愛される価値が自分にある…と思うことが難しい
と感じる人は少なくないと思います。
そのセルフイメージの低さがもたらす世界は、
裏切りに満ちているかもしれませんし、
損得や駆け引きのような人間関係が存在するかもしれません。
(以前の記事 『愛される価値がないことを証明したいデス!』 を参照)
「どうせ、君は僕のもとから離れていくんでしょ?」
「こんな僕をいつまでも愛せるわけがないじゃん?」
「このままだと、君も不幸になってしまうよ?それでもいいの?」
「ほら、やっぱり僕以外に好きな人ができたじゃない。」

どう考えても、幸せになれる人の言葉じゃないように思います。
一生懸命にポジティブになろうと頑張っても、
ポジティブな言葉をアファーメーションしても、

その前に、「自分には愛される価値が無い」 という根強い思いを
排泄する必要がありました。
きっと、そうすれば自然とお腹が空いて、何か食べたくなるから、
その時こそ、身体にいいもの、思考にいいものを入れてあげればいいのかもしれません。
なぜ、排泄できないのか…?
それは、その根強い思いが、とても大切なものだから…、
大切に守ってきたものだからです。

僕の場合、幼少期に母が家を出ました。
彼女なりの苦渋の選択だったのにもかかわらず、
僕はずいぶんと彼女を責めてしまっていたようです。
それでいて、彼女を守り続けていたのです。
僕に愛される価値があったら、彼女は僕を置いていかなかった…
愛される価値がなかったから、彼女は僕を置いていった…
彼女の判断は正しい…

つまり、母の正当性を僕はずっと守り抜いてきたことになります。
「どうせ、君は僕のもとから離れていくんでしょ?」
 →僕の母もそうしたんだから、君もそうすべきだよ。
「こんな僕をいつまでも愛せるわけがないじゃん?」
 →僕の母がそうなんだから、君もそうすべきだよ。
「このままだと、君も不幸になってしまうよ?それでもいいの?」
 →愛される価値のない人にいつまでも付き合って欲しくない
  母の正当性が薄れてしまうじゃないか

「ほら、やっぱり僕以外に好きな人ができたじゃない。」
 →安心したよ、君が母以上の人じゃなくて…
  これで母の正当性を守り抜くことができたよ

ひょっとしたら、誰にでも「自分は○○と決めた日」 があるのかもしれません。
それは幼い頃から、何かを守るために必要だったこと。
しかし、それは今の私たちに必要でしょうか?
その問いがお腹を緩ませ、心の宿便を排泄させるのかもしれません。
幼い頃から、守ってきたものに感謝と労いの言葉をかけて、
次のステージに進みたいと思います。

心の宿便が、栄養素(ポジティブなアファーメーション)の吸収を妨げる ―潤治

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