【秘められた過去】地上に降りた天使メネフィール

前世・過去生

【秘められた過去】天使メネフィールの地上での転生

メネフィールは記憶を司る天使だった

天界における記憶の管理者として、メネフィールは長い間、人間たちの魂に刻まれた記憶を整理し、保管する役目を担っていた。彼の仕事は淡々としたものだった——生まれてから死ぬまでの記憶を分類し、必要なものを天の図書館に収める。まるで古書の司書のように、感情を交えることなく、機械的に作業を繰り返していたのである。

しかし、数百年前のある日、彼の運命を変える一つの魂と出会った。

それは、名も知られぬ画家の魂であった。貧しい生まれで、絵の具を買うお金にも事欠く日々。描いた絵は誰にも認められず、生涯を通じて一枚も売れることはなかった。

それでも彼は、最期の瞬間まで筆を握り続けた。死の床で震える手で描いた最後の一筆——それは、窓から差し込む朝日を受けて咲く、たった一輪の野の花であった。

メネフィールは、その画家の記憶を整理しながら愕然とした。

この人間は、なぜこれほどまでに「描くこと」に執着したのか。成功も名声も得られず、むしろ周囲からは愚か者と嘲笑われながらも、なぜ筆を手放さなかったのか。

天界の完璧な調和の中では、このような「無駄」は存在しない。すべてが計算され、秩序立てられ、美しく配置されている。しかし、この無名の画家の魂には、天界にはない何かが宿っていた。

不完全で、矛盾に満ちていて、時に愚かしくもある——それでいて、なんと眩しく輝いていることか。

「これが、人間というものなのか」

メネフィールは初めて、自分の役目に疑問を抱いた。

記憶を分類し、保管することに何の意味があるのか。この画家の懸命な生き様を、ただの「データ」として処理してしまっていいものなのか。

彼は決断した。
天界の役目を捨て、地上に降りることを。

翼を失った代償は小さくなかった。天使としての力の大部分を失い、永遠の命も有限となった。
それでも、彼は後悔しなかった。地上で人間たちと同じ時間を過ごし、彼らの「不完全な輝き」を間近で見つめていたいと願ったのである。

現在の東儀宗介として生きる彼が、物に宿る記憶を大切にし、訪れる人々の心に寄り添うのは、あの無名の画家から学んだ「懸命に生きることの美しさ」を、今度は自分が誰かに伝えたいと思うからかもしれない。

店の奥で生豆を焙煎しながら、彼は時折思い出す。あの画家が最期に描いた野の花のことを。そして、静かに微笑むのである。

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