言葉で思考が固定されるなら…

ハッピーライフ

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。
AQUA MIXT 潤治です。
姿勢を正して歩き出す
先日の満月期、体調を崩される方、眠れなかった方、気持ちが不安定になり、過食気味だった方…と月の満ち欠けの影響による事象を普段よりも多く耳にしたように思います。
近所で救急車のサイレンの音を聞く回数も格段に多かったです。
かく言う僕も体調を崩し、いつも通りのパフォーマンスは出せないでいました。
「健康優良児」である自分が戻ってきてホッとしています。
マタニティライフを楽しむためには、夫婦が健康であることが大前提です。
セルフケア、相互ケアを心がけています。
「各個人の健康は各個人の責任」 という言葉で、
お互いの健康管理を各個人の責任として扱うことができます。
「言ったでしょ?風邪をひくから、コタツで寝ちゃダメだよって。」
免責の言葉を相手に投げかけることもできます。
僕の責任じゃないよ と突きはなした感じでしょうか。


「責任」 という言葉、
あなたはどんな感情をこめて使っていますか?
責任という言葉を使う時、
心の中はどんな気持ちになるでしょうか?
その時の気持ちに似たようなものを、
僕たちは今まで生きてきた人生の中で味わっています。
両親との間で、学校や仕事などの人間関係の中で…
はじめて、その言葉のインパクトを受けたはずです。
ひょっとしたら、その時に受けた気持ちが、
今もそのままで、表現されているかもしれません。
コタツで眠る寛子を見て…(僕の場合)
コタツで眠るのは、寛子の勝手。
僕の責任じゃないよ。
お腹の中の命に影響がないといいけど…
お母さんがしでかした健康を害そうとする行動の責任は、
お母さんが取るべきだよ。

…という何とも臆病な思考パターンも出てきます。
それを正当化して、理論武装で戦闘態勢に入ることも…w。
(今ではすっかり失くなりましたが)
と同時に、コタツでうたた寝してしまうほど疲労困憊の彼女に
僕は何ができるだろうか? という思考も出てきます。
「責任」という言葉で思考を固めてしまう前に、
広がりを見せる思考を止めないでおくようになりました。
「責任」というラベルを貼って、
過去と同じ思考パターンに陥るのは止めよう…
僕は「責任」という言葉を怖れていたわけですね。
その言葉が心に浮かぶと思考停止…でした。
その怖い言葉から、逃げ出したい衝動に駆られます。
それは過去の再体験のようなものなのですが、
今、まさに行われているような気持ちになるわけです。
寛子の健康は寛子の責任であるが、
その健康をサポートする「権利」が僕にもある
…という思考パターンに書き換えます。
(権利であって強制力はないですよ)
お互いの身体はお互いのものですが、
各個人のものだけではない…
という感覚が、怖がらずにいると自分の中から出てきます。
もう少し、広げてみると(怖がらずに本来の自分を取り戻すと)
各個人の身体のケアや可能性は、
ひとりのものにはとどまらない…
となりそうです。
パートナーの寛子がすることは、僕には責任はない…と
怖れから発する言葉ではなく、
彼女を批判、指摘する前に、
その状況で、今の僕に相手を応援できることはないだろうか?
僕には彼女の健康をサポートする権利があるよ!

という本来の思考を取り戻していけたら、
もっと人生は穏やかでシンプルになるかもしれません。
あなたは「責任」という言葉に何を見ます(投影します)か?
(次回、「わたしの責任だなんて言わないで」 に続く)
ひらめきあなたの思考パターンに気づく、書き換えるためには質問力が大切です。
何があなたの思考パターンを創り出していたのか? →これとっても大事。


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