本当の幸せは記憶と心に刻まれるから

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。
意思の現実化
AQUA MIXT 潤治です。
その昔、僕は旅行というと旅行会社が提供してくれるツアー旅行を好んで選んでいました。
有名どころをハシゴするようなバスツアーとか最高でしたね。
「夏休みに○○行ってきたよ。」と会社の人たち、知り合いにお土産を配ることとセットで伝えていました。
行ってきたという記憶や周りの人たちにやや自慢気味に伝えた時のことは後々まで覚えているのですが、肝心な旅行の内容は覚えていないことが多かったです。
旅先で彼女と喧嘩したことくらいでしょうか…覚えているとしても…。
その後、バックパッカーで放浪の民か!と思える旅好きの寛子と出会い、
旅行という概念が180度変わりました。(嬉しい悲鳴…?)
「じゅんちゃん、トラベルの語源はトラブルだよ!」
嬉しそうに僕に伝えながら、ローマ テルミニ駅で僕を置いて
スタスタと歩いて行く寛子の背中に…、
「獅子の子落とし」を感じずにはいられませんでした。


ハンドル、マニュアル、ナビ無し、バイクがよく事故っている、信号機が見づらい、
歩行者の信号無視当たり前、一方通行多し、道が狭い、縦列駐車の間隔も狭い、
宿は現地で夕暮れ時になって探す、市場での買いだしで自炊、マンションは階段、
当然、湯船はない、シャワーのお湯の温度が微妙、路面電車に乗れば鞄をまさぐられる、
現地の言葉しか通じない田舎へのドライブ、日本人を滅多に見ない…。
でも、すっかりイタリアの旅が僕の心に刻まれています。
一車線の道を2台の車が横並びで窓を開けてドライバー同士が話していても、
飲食店の人が愛想笑いひとつせず、日本の常識とかけ離れていても、
「じゅんちゃん、先に市場行ってて!」と寛子の背中を見つつ、ぽっつーんとさせられても、
ロータリー交差点で永遠にぐるぐると周回し続けて、そのタイミングが分からずとも、
イタリアの旅は思い出す度に心が温まります。
結局、どこに行ったか?何をしたか?ということよりも、
そこでどう感じたか?が僕の心の財産になっているように思います。
世界でも名高いコーチ アンソニー・ロビンズの言葉で、
「人生の質は日常感じている感情の質」とあります。
どのような感情を日々感じているか。
何を持つか、何を得るか、何をするか…よりも人生の質を上げるのは、
きっと、それは感情的な記憶と心の動きだろうと思います。
僕にとって宝物であるイタリア旅行も、
違う人からすればただの不自由な旅に映るのかもしれません。
誰もが唯一無二の自分の感情を持ち合わせていて、
それを比べることは意味の無いことのように思います。
真似することも、どう見られるか気にすることも、
自分の中から湧きあがってくる本当の感情にはたどり着けないように感じます。
その場所への地図やコンパスは僕たちひとりひとりに与えられているわけですね。
誰もがたった一つの自分だけのもの。
そして、その地図に書き込めるものが「感情の質」ということなのかもしれません。
どんな感情を持ち、その時の心の状態はどんなものであったかと。
幸せは自分の心が決めるという 相田みつをさんの言葉も、
ひょっとしたら、何がその人の記憶と心に刻まれたか?
その人の幸福を表すものという意味なのかもしれないと思います。
周りから幸せそうに見える…という基準は
あまり意味のないものかもしれませんね。
ひとりひとり、比べることのない唯一無二の人生を。
そのセンスを磨くのがAQUA MIXT のレッスンの数々です!

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