免罪符のために何かをしているとしたら…

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。
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AQUA MIXT 潤治です。
スピリチュアルカウンセリングでは、仕事についてのご相談を受ける中、個人事業主という働き方を選んだ故のご相談もしばしば受けます。
自分で何かを興そうとするとき、期待や葛藤、不安などが交錯するものだと感じます。
ひょっとしたら、そんなことを感じなくても人生は過ぎていくかもしれません。
そして、それは未知の世界であったりします。
自分らしく生きたいという志が、好きなことを仕事にしたい、もっと自分の可能性を試したいという行動につながるのかもしれません。それもひとつの選択肢ではあります。
今では数多くのHOW TO本や成功されている人の実践書などが多くあり、
とても身近に「好きなことを仕事にする」ということが感じられるようになってきたと感じます。
10数年前、心理カウンセリングやマッサージを自分の生業として生きていけたら最高だと思って、アルバイトをしながら個人で施術のご予約を受け付けし始めた頃、当然ながら価格設定という面で思い悩むことになりました。
それは自分のサービスが世の中で評価されるということであり、
自分という人間の価値が試されることでもあると
僕の場合、残念ながら、及び腰で向きあっていたのでした。


自分の市場価値を知るという機会が初めてだったわけです。
それまで時給や日給・月給という報酬の貰い方だったので、
自分の市場価値という感覚はありませんでした。
それが自分という個人でサービスを提供するようになると、
サービスの価値がそのまま金額として評価されることになります。
当時は、僕のセルフイメージの低さがそのまま価格設定に反映されました。
いくらに設定したかは、プロフェッショナル養成コース行動編で共有させていただくとして、
本当は納得しないまま、その金額で心理カウンセリング、マッサージを請け負っていました。
納得していないという自分を覆い隠すために(恰好が悪いから…)
あるメンタリティを持ち出します。
「僕のマッサージを受けてもらって笑顔になってくれるのならそれでいいじゃないか。」
「わざわざ来てくれて、施術をさせてもらえるのだからいいじゃないか。」
「僕のカウンセリングで笑顔になってくれる人がいるだけでいいじゃないか。」
「お客さまの笑顔が見られただけでもう満足じゃないか。」

つまり、お客さまの笑顔が僕の免罪符だったというわけですね。
正当に評価されることを怖れていた自分。
自分らしく生きることの責任から逃れようとする自分。
心で勇気のない自分を非難する声から逃れようとする自分。

本当は勇気を出して正当に評価されたいと思っていながら、
市場価値に自分を乗せずにいる自分へのもどかしさ、罪悪感などを感じていました。
お客さまの役に立つことができたから。
お客さまの笑顔を見ることができたから。

これらが僕の免罪符だったのでした。
もちろん、その頃の僕のように免罪符としてではなく、
お客さまの役に立ちたい、笑顔が見たいという人もいるでしょう。
素晴らしい動機であるし、その道をきわめていければ良いと思います。
自分を市場価値に乗せるということで、
自分の何が資質で、どう表現していけば良いのかがハッキリ分かります。
その自分の棚卸しが怖かった僕の昔ばなしです。
自分という商品を市場価値に乗せるという怖さとワクワク感のバランスを取りながら、
好きなことを仕事にしていくには、あるコツとメンタリティが必要です。

プロフェッショナル養成コース行動編でも扱っているテーマです。
今では、怖さとワクワク感のバランスを保ちながら、
いろいろな自分の資質を掘り起こしています。
土しか無いと思っていた花壇に種がたくさん蒔かれているとしたら、
水をあげ続けたいと思いませんか?

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