呪縛は幻想だった~過去から解放され今を生きるために…(4)

スターシード子育て寛子のコトノハ

止った刻が動き出す…今を生きるということは。
目の前の大切なものに氣付く。
そして、自分の氣持ちに正直になることでもあります。

前の記事はこちら。
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素直になる勇氣

前回の記事で紹介したのは、子育て中の母がかつてしてきたように「自分の好きなことを我慢する」という呪縛にも近いもの。

出産を経験して、自分も気づけば母がしてきたように我慢していたのです。
その渦中にいると、本当に気づかないものですね。
我慢とも、思っていませんでした。
周りの子育て世代も殆どが、同じような呪縛の中にいるのですもの。

戦後ベビーブーマーは、核家族化の中でワンオペ育児を頑張ってきた人たち。
その母の姿をみて育った、第二次ベビーブーマーの私。

いつもだったら、
「もうちょっと子供が成長したら…」と思うところ。

けれども、今回はいつもと違ったのです。
このままだと、後悔する…もう後悔したくない!!

家族に、相談してみよう。
自分の気持ちに、素直になることを選択しました。

最初は、約1週間後、そして12月に、推していた俳優さんの出演する舞台があるということ。

「週末だけど、昼公演なら行ける!」

自分の中では、ギリギリの選択。
何故なら、週末も、産後一人で出掛けるなんて仕事以外では経験がなかったから!
近場のサンリオピューロランドですら、その頃は1人で行ったことはなかったのです。
今思えば、お目当ての彼をピューロランドのミュージカルに出演している時に、もっと1人で観に通ったって良かったのに。

家族に相談すると、アッサリとOKでした。
娘の小葉(このは)も5歳(当時)になり、2、3歳の頃よりパパの子守の負担も減って。

そして、公演の申し込みをした後、さらに募る想い。

「やっぱり、夜公演も行きたい・・・」

スケジュールを確認すると、そのうちの1つは私と潤治の結婚(入籍)記念日とぶつかっていました。
ロマンティストで記念日を大切にする潤治、なんていうだろう???

「行ったらいいよ。反対する理由はない。」

やはり、快く送り出してくれることになったのです。

夕方になると、ママと離れていると娘がぐずって大変で、夕方のセッションすら入れられなかったのも、もうすでに昔の話でした。

私がずっと家族に遠慮して、我慢にすら気づかずにいたこと。
その呪縛は、幻想でした。
いつの間にか、そうしなければいけないと、思い込んでいた制限。

母親としてちゃんとしなければ…
許していないのは、他の誰でもなく自分自身だったのですね。

家族も自由に過ごす時間に

そんな経緯があり、私が想いに従って行動するようになったのが、去年の10月。
呪縛から解放されて、舞台やライブに行けるというのは、自分にとってびっくりするほど楽しい時間でした!

お留守番組の父娘は、私が仕事関係でいなかったりで2人で過ごす時よりも、ずっと自由そうでした。

ある日私が帰宅すると、リビングに敷いてあるコルクマットが汚れている。

一体なんだろう?と思っていたら、2人で「シンデレラごっこ」をしていたと。
それも魔法で綺麗な格好をするごっこではなく、継母たちにいじめられ、みすぼらしい格好をして家の掃除をするシンデレラの真似だそうで。

その衣装を作るのに、墨汁で洋服の汚れを表現した!と。
おしゃれ着用の靴下が染められていて、もう卒倒しそう…
Tシャツも見事にボロ布と化していました。
それに付随して、床が墨汁で汚れて、それを拭いて落とし切れなかった無残な跡が、あちこちに。

私がいたら、絶対に出来ないやれないことを、2人でノリノリでやっていたようです。
どうやらずっと、こういうことをやりたかったみたい。

以前だったらちょっと怒ってしまいそうな惨状でしたが、私も好きなことさせてもらってるし…と優しい気持ちになれました。

自分が満たされているって、家族に対して大切な事なんだな…と改めて実感。

そこから、私自身の変化もいろいろ。
自覚すらしていなかった我慢に気づけたことで、私のファン活という刻(トキ)は動き始めたのです。

そして母の反応は…

家族の協力を得て、夜や週末に自分の時間を持てるようになった私。
自分一人の時間って子育て中はなかなか取れないものですが、仕事も離れて自分の時間を持てる贅沢を、ありがたく思います。

けれども、心に引っかかっていたのは、母のこと。

こんな私のことを、母はなんて思うのだろう?なんて言われるのだろう??

私が育児に関して「こうしなければ」という思いが強いときほど、厳しいことを言われることがありました。
それは自分が自分に厳しかったから、他人にも厳しくされるという現実を創り出していたのですが。

ある俳優さんにときめいていることや、舞台やライブにいって若いファンの子たちと交流していることなど、何かの折に話す機会がありました。

「私も、そんな風に送り出してくれる旦那だったら良かったわ。」

羨ましがられただけで、別に批判されることもなく。

むしろ、私の若返り効果に
「そういうの、やっぱり必要よね~」と。

わたし自身が制限を越えて楽しんでいる姿は、人からジャッジされることもない現実を創り出していたのでした。

ずっと我慢して子育てをしてきた母のために、自分も子育てをするなかでいろいろ我慢してきたという構図は、こうして幻想として消え去っていったのです。

(まだ続く?!)

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