自分の恋愛観に影響を及ぼした「人生脚本」とは?幼少期・前編

恋愛と人生脚本の深い関係について、わたしの体験談を元に紹介しています。

寛子の過去生編は、いかがだったでしょうか?
無自覚にも関わらず、根深くそのトラウマは人生脚本として影響を及ぼすのです。


今度は、幼少期編になります。

心理学の交流分析では「幼児決断」とも呼ばれる、その後の人生脚本に大きく関わってくるのが幼児期に自分、他人、世の中についてある結論を出してしまうこと。
それは非言語で行われるため、自覚しづらいかもしれません。

私も、心理学や思考の仕組み、ヒーリングの手法を学び、癒しの仕事をするようになってから。
この歳になって初めて気づいたことも、たくさんあります。
自分の幼少期の事実としてその出来事を知ってはいても、どのように人生脚本に関わっていたのか。
事実として知っているのと、より深い意識レベルでその事象を理解するのはまた違うものでした。

親と離れて過ごす幼少期

2歳の頃の記憶は全くないという人もいれば、かなり小さい頃の記憶があるという人もいます。

私は2歳の頃の記憶が、断片的にあります。

弟が生まれることになり、祖母に預けられた日のこと。
祖母と一緒に、小田急線に乗ったこと。
祖父が、私を歓迎してくれたこと。

1ヶ月半、親元を離れることになりました。
その初日しか覚えていないですが、その時の祖父母のことは記憶に残っているのです。

その後成長する中でも、弟が生まれる時に親元を離れていた時期がある、という事実は認識していました。

そして、時々母がそのことを後悔していることをよく口にしていました。

「あれから、寛子が全く甘えてこなくなった。大変でも、離れるべきじゃなかった…」

それが、祖父母のところから戻ってきて1番の変化だったようです。

2歳にして、親に抱っこを求めることもなく、なんでも自分でやる。
幼少期の自分は、たしかに親に甘えた記憶がなく、甘えん坊の弟の面倒に明け暮れていました。

その時の私が、どのような幼児決断をしたのか。
覚えてはいないのですが、後になって自分の人間関係のパターンを振り返ると、紐解けていきました。

幼児期の親子関係や兄弟関係は特に、幼児決断としてその後の人生に大きく影響を及ぼすことが、多いのです。

成長と共に見えてきた人生脚本

甘え下手のまま育った私の人生脚本は、弟が生まれることで親元から離れて過ごした1ヶ月半。
そして自宅に戻れば、手のかかる弟の存在。

「自分が好きな人に好きという感情表現をすると、迷惑になる」

という人生脚本が、出来上がっていました。

幼児にとっては、両親は絶対的に大好きな存在。
でも、それを表現しては、迷惑になってしまう。
迷惑をかけないように、生きていかなければ。

これが私の幼児決断だったのですね。

それは、両親が望んでるものではなかったりするのです。
むしろ「ずっと、寂しかった」と後々になって言われることになるのですが。

その時は、そんなことは分からずに、そう決めてしまったわけです。

そうして、甘え下手で好きという感情表現も下手な私は、今もそれが課題だったりします。

また弟との関係でも、こんな人生脚本が出来上がりました。

「弟という存在は、無力で何もできなくて、私がいつも気にかけて手を貸して助けてあげなければならない存在」

これも人生の至る所で、私をお決まりパターンへと導く人生脚本。

たしかに、弟タイプが好きで(潤治も弟です)、何かうまくいかない状況にいたりすると、もうたまらなくなってしまう。
ダメ男にも惹かれやすかった…

幼少期の人生脚本に振り回される私の恋愛話は、次回に続きます。

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