そんなことして意味あるの?をする時間

こんにちは、潤治です曇りIMG_1454.PNG
最近、サッカーシューズを購入しました。
以前、散歩をしている際、近所のサッカーゴールを見つけました。
そのゴールを見た瞬間に、ボール蹴りたい!と思ったのです。
僕の年代は、「キャプテン翼」 というサッカー漫画に影響され、小学生の頃はサッカーボールを蹴りながら、登下校していた子もちらほらいました。僕もそのひとりでした。
その頃は、サッカーシューズを親に買ってもらうなんて、気が引けて言えませんでしたから、数十年越しの夢実現です。
今回の買い物は、インナーチャイルドを癒やすという側面も持っていると思いますが、それよりもただ楽しそうなことをしてみたかったのが先でした。サッカーシューズを履いて、広い芝生の上で、ボールを蹴っていると意味なく楽しいことに気づきます。小学生の頃の感覚を、今、この身体で感じています。
サッカーシューズを買うまで、いろいろなことを考えました。
“そんなことをして意味あるの?” と僕の中にいるもうひとりの僕が言います。



…そんなことをして意味あるの?

生きていくために、しなければならないことはたくさんあります。
しかし、それだけで本当に心が喜ぶのでしょうか…。
いつまでに、○○しなくっちゃ…
やっとけって言われたから、やらなくっちゃ…
仕事だから、○○しなくっちゃ…

やらなくてもいいことをする時間って必要ないのでしょうか。
すべての行動が、ある目的遂行のために繋がっていなくてはならないのでしょうか。
心に浮かぶ、何となく楽しそうなことを後回しにして、
生きていくために必要なことに時間を割いてしまうことが少なくありません。
そんなことをして意味あるの?
そんなことをしなくても、生きていけるじゃない?
それよりも今、すべきことをしなよ。

子供のように湧きあがる “遊び心” は、
良識のある(?)大人の声の前では無力です。
“そんなことよりも、今、あなたがすべきことがあるでしょ?”
それをする理由がなければ、しちゃ駄目なんでしょうか。
僕たちの周りには、しなくてもいいことがたくさんあります。
サッカーボールを蹴って遊ぶ
音楽を楽しむ
登山に出かける
歌を歌う
ぶらりと旅に出る
海辺で波の音に耳を澄ます

すべて、それをしなくても生きていけること です。
サッカーボールを蹴りながら、無心でいると、心から愉快になってきます。
汗をかき、呼吸は荒く、身体が熱くなります。
緑の芝生を足裏に感じ、シューズの音を耳に感じ、大地からの熱気を肌で感じます。
蹴り出したボールは、青空に届きそうで、ボールを追いかけます。
そこに、もうひとりの僕がやってきて、こう言います。
“そんなことをして意味あるの?”

僕は応えます。
“意味?そんなものあるかなんて関係ないよ。
ただ、楽しいからやっているんだよ。”

日々の生活で、楽しいからやっているんだよ…と言えることを増やすことが、
何か人生のエッセンスを解読する鍵のように思います。
だからこそ、僕たちは、その謎解きが難しくなるように、
忙しくしたり、意味を探す思考が働いたりするのかもしれません。
シンクロニシティー、引き寄せの法則は、
そんなことをして意味あるの?というところに鍵がありそうな気がする潤治なのでした。

人生に意味はない…
あなたの人生に意味を感じるのは、
その人生を見ていた周りの人々である。  ―潤治

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