本気で好きになることは怖いこと…?

理想のパートナー・運命の人

DW158.jpgこんばんは、潤治ですやや欠け月
ご夫婦仲が良いですよねぇ… とよく言われます。
夫婦喧嘩なんかしないでしょう…とも。
夫婦喧嘩します…。それも大胆に…。
この「パートナーシップのために…」 のシリーズでもご紹介しているようにいろいろな夫婦喧嘩が勃発します。
お互いの過去の痛みや癒されていない自分をパートナーを通して観るとき、その痛みを相手にぶつけてしまうことは少なくありません。
昔、あるメンターに教えてもらった言葉に

“人生で成功したいと思うなら、パートナーときちんと向き合うことだよ。
パートナーをおろそかにして仕事で成功したとしても、それで幸せと言えるかい?”

その方の生き方は一貫して、家族を大切にする生き方です。
仕事も家族が楽しめるか、家族で団結してできるか、で選んできたそうです。
パートナーと向き合うということは、目の前の人と向き合うことにもつながります。人を大切にする人はパートナーとも向き合って生きていけるんだと感じます。
僕のそんな生き方ができればいいなぁ…と寛子との結婚以前、それも出逢う前におぼろげに感じていました。

20代の頃に勤めていたスーパーマーケットを辞め、
“自分の人生を生きよう”と静かに心に決めてから、
それまでの人間関係とは違う出逢いが多くありました。

その頃に多くのメンターにも出逢い、僕の人生の指針を感じさせてくれることが少なくありませんでした。
パートナーの寛子と出逢うのも、この頃です…。
人生の運転手になろう。
自分が助手席に座って、
道が違うと運転手に文句をいうような人生にはしたくない。
自分が運転手になって人生の責任をとろう。
…とカッコいい言葉をノートに書いてみては、自分のセルフイメージを高めていました。過去の思考パターンを書き換えるには、新しいプログラミングが必要でしたから…。
そのプログラミングが進んでいくと、外界の出来事にも変化が生じてきます。
ある知り合いを通じて、寛子を紹介してもらいました。
お互いのヴィジョンを話し合っていくうちに、自分と似たことを考える人もいるんだなぁと喜びを感じました。

僕のヴィジョンは…
“自宅でセラピールームを運営し、妻と仲良く暮らす。
個人の幸せを追求し、子供たちの解放のお手伝いをする”

というものでした。

そういう人生のヴィジョンを持っていたのですが、
それを見始めた時の気持ちは…
“そんな夢みたいなことができたら良いなぁ…
でも100パーセント叶うのは、無理かもしれないなぁ…”
という感じでした。
夢の歩留まりを常に考えるというか…
もう、100パーセント叶うと考えていないところがその頃の僕の思考パターンです。
最高の人生-疑い=予想できる人生

といった感じでしょうか…。

子どもの頃から、母に「欲張っちゃ駄目よ、我慢しなさい。」とよく言われてきたので、最高の人生なんて欲張っちゃ駄目、我慢しなくっちゃ…と考えるように知らず知らずのうちになりました。
そんなときに寛子との出逢いがやってきます。
寛子と出逢ったときに、自分の過去の思考パターンが働かないのに気づきます。
疑いがワクワクに打ち消されていきました。
この人と人生を創りあげていくとしたら、ワクワクするなぁ…
最高の人生が実現するかもしれない…。
自分の人生が何か輝きだしそうだなぁ…。
最高の人生-(-疑い)=予想できない人生

過去の思考パターンにはない人生が待っているような気がするのですが、予想はできないのです。
なんとなく素晴らしい人生が待っているような気がするのですが、いまいちリアルに感じられないのです。

この人を好きになったら…
この人と一緒に人生を生きるようになったら…
僕自身、最高の人生を受け入れる勇気を持たなくちゃいけないんだ…。

…と心の中でそんなことを感じていました。

矛盾していますよね。
だって、最高の人生を望んでいるのに、それが実現するかもしれないと思うと怖くなってしまうんですもの。
僕の心のシナリオは…

「潤治、夢に向って頑張っていくうちに最高のパートナーに出会うが潤治の力量では彼女の人生に多大な迷惑がかかってしまうので、彼女をあきらめてひとり寂しく生きることを選ぶ、そのほうが彼女のためなんだと言い聞かせて…。」
「潤治、夢に向って生きていくうちに最高のパートナーに出会う。彼女と一緒に未来を創造していく。幸せな仲間に囲まれ、望む人生を実現していく楽しさを分かち合っていつまでも楽しい人生を生きる。」
とてもリアルにイメージできるのは前者で、後者は“欲張っちゃだめ!”と僕が僕自身に言い聞かせてしまって、うまく未来を描けません。
でもでも、あきらめてしまえない。
いろんなものをあきらめてきてしまったけど…
今回だけはあきらめてしまえない…。

人生の運転手になろう…。

ノートに書いた言葉は、僕の思考パターンをいつの間にか変えてくれていました。
好きな人に好きと言おう。
自分の好きな人生を生きるって神さまに伝えよう。

本気でこの人に好きと伝えたら、僕は自分の人生を生きる…という宣誓になるとその時感じました。
人生が動き出すって、こんな感じなのか!! と思いながら…。
その後、理想と現実のギャップある人生が始まるのですが…。
パートナーシップのために…
本気で好きな気持ちを伝えることは、自分の人生を生きる宣誓になる…。

それは好きな人に対しても
それが自分の人生に対しても。
どんな結果になろうとも、自分の思いは届けて生きたい…とその時以来思うようになりました。

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