信じ続けるのはタフなこと?
この物語の“彼”は、意中の女性との幸せの絶頂にいたにもかかわらず、自らの猜疑心によって、その関係を壊してしまいます。
なぜなら、愛を信じ続けることがあまりにも怖かったからです。
人は、慣れ親しんだ孤独や悲しみのほうが、いつ裏切られるか分からない幸せよりも安全だと感じることがあります。相手に心を寄せ、幸福を信じ、無防備になることは、傷つくかもしれないリスクを背負うことでもあります。
彼にとって、その勇気を持ち続けることこそが、不幸でいることよりもはるかにタフで、恐ろしい選択だったのでしょうか。
彼は、愛の奇跡を信じることができず、自ら終わりを選んでしまうのです。
遅れてやってくる愛を信じられずに…
自分に自信を持つために 劣等感克服!
今から少し昔、昭和から平成に元号が変わった頃、自分に劣等感を抱いている男性がいました。
その彼は普段から、その劣等感を克服するために話し上手になる努力をしたり、少しでもリッチな男に見られるように働いてお金を貯めていました。
頑張って努力をすれば、劣等感を克服できると信じていました。
デートのマニュアル本を読み漁り、モテるにはどうすればいいか?
自分に自信をつけるにはどうすればいいのか? を研究するのでした。
考えすぎる傾向があり、つい、先読みして、予測して、結局何もしないという癖も持っていました。そんな自分を彼は好きにはなれませんでした。
いつか自分を好きになれるかな?
ー彼は遠い目をしながら、つぶやくのでした。
そんな彼には気になる女性がいました。
いつも、彼が働いている喫茶店のお客さんです。
夜、サラリーマンが家路につく頃、彼女はお店に姿をみせます。
駅前のお店でしたが、オーナーのゆったりとお客さまにくつろいでほしいという想いから、スペースを充分にとり、ソファ席もある、その時代には珍しい全席禁煙の喫茶店でした。
彼女はホットチョコレートをオーダーすると、お店の奥の席で、文庫本を読みながら、一息つくのが習慣のようです。その時間をとても大切にしているようでした。
時折、見せる彼女の微笑みが、彼には美しく映りました。
どんな本を読んでいるんだろう。
どんなことで笑っているのだろう。
彼は彼女に心を奪われていたのでした。
気になる存在の彼女への思いは、いつのまにか恋に変わっていました。
出逢いは人を変化させる
ある日、彼女と話を交わすタイミングがやってきます。
その日は、木枯らしの吹く寒い夜でした。
いつも通り、彼はオーダーを取りにいきます。
その彼に、彼女はこう言います。
「いつもありがとう、今日みたいな日は、ホットチョコレートが本当に美味しく感じるの。今日も一杯お願いできますか?」
こちらを見上げて、話しかけてくる彼女の優しい目に、内心、彼はドキドキしながらも、平静を装います。
「今日は本当に冷えこみますね。いつものホットチョコレートですね。今、どんな本を読まれているんですか?いつも楽しそうに読まれているが、印象的だったものですから。」
彼の中では、何回も練習したフレーズでした。
ホッとひと息つきながら、カウンターに戻ります。
「彼女と目を合わせて、話せるなんて!勇気を出して良かった!」
勇気を出して、彼女と話をするきっかけを掴んだ彼は、その後も、お店を訪れた彼女と会話をするのが日課のようになっていました。
彼女が読みそうな本をあらかじめ選んで読んでおき、彼女とその本の話題で盛りあがるのでした。
彼も彼女も、お互いに名前も覚え、名前で呼び合うようになりました。
奇跡がやってきた後
そして、奇跡がやってきます。
しばらくすると、彼女から、いつも話題にあがっていた作家のサイン会があるから、その書店イベントに一緒に行きましょうと誘われたのです。
飛び上がるほどの喜びを抑えて、彼はその申し出にOKをしてその日を待つのでした。
どんな服を着て行こうか。
どんなお店に行って食事をしようか。
どんなことを話そうか。
期待は膨らむばかりです。
この世の幸せがすべて僕に降りそそいでいるようだ!
なんて幸せ者なんだ!神様ありがとう!
待ち合わせの約束当日、サイン会のあるお店の前。
彼は、少し早めに着きました。
彼女を待つワクワク感は最高潮でした。
彼女の笑顔、仕草、言葉が、自分に向けられるのだと思うと、笑顔がこぼれてくるのでした。
さて、結果から言えば、
ー彼女は来なかったのでした。