いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。
AQUA MIXT 潤治です。
卒業シーズンが終わり、入学シーズンになろうとしているのですが、僕の頭の中では、武田鉄矢さんの曲「贈る言葉」がリフレインしています…。
信じられぬと 嘆くよりも
人を信じて 傷つくほうがいい
求めないで 優しさなんか
臆病者の 言いわけだから
―(作詞) 武田鉄矢 (作曲)千葉和臣
この曲がリフレインするようになったのは、
ある出来事がきっかけでした。
それは、学生の頃のこと。
ひょんなことから知り合った女性とデートをすることになりました。
異性とのコミュニケーションはいちいちドキドキしていたので、
勇気を出してそのデートに臨みました。
出会ってすぐに意気投合し、
きっとこれから楽しい未来が待っていると脳天気に考えていました。
どんなデートにしようか?とか、どんな話をしようか?とワクワクしながら、
待ち合わせの場所に向かいました。
彼女を待つワクワク感は最高潮でした。
彼女の笑顔、仕草、言葉が、自分に向けられるのだと思うと、笑顔がこぼれてくるのでした。
その興奮、修学旅行の夜の如しです。
結果的に彼女は来なかったのですが、
その時の学びは僕の中で語り継がれることになりましたw。
過去記事「信じ続けるのはタフなこと?」
人を信じて、裏切られた時、
あなたは、どんな気持ちがしますか?
口惜しいでしょうか、悲しいでしょうか?
憤りを感じたり、残念に思うこともあるでしょうか。
その人を信じた自分すら嫌いになってしまうこともあるかもしれませんね。
当然、僕も口惜しくて、悲しくて、複雑な感情で胸がはち切れそうでした。
そのはち切れそうな気持ちで居続けるのは苦しいので、
「あの人は僕を騙したんだ、手の込んだイタズラをしたんだ…。」
「なんて性格の悪い人なんだ。」
「そんな人を簡単に信じてしまう僕はなんてバカなんだ。」
「僕ってバカだなぁ…。」
としばらくの間、相手への怒りを自分を責めることで解消しようとします。
あなたは裏切られた時、騙された時…
どんな感情が動きますか?
ちょっと違う視点から観てみましょう。
裏切られた・騙された というレッテルを貼って忘れたい気持ちもありますが、
(心理学では「合理化」 と言います。「すっぱい葡萄」の話ですね。)
信じることができた自分という側面も見逃せないと思いませんか?
結果よりもその過程が魂を成長させますから、
信じてみようと思えた自分は、信じることを怖れることよりも、
きっと前進できたはずです。
結果だけを見ると、
安易に信じるから騙されるんだと
もう少し大人になれと
言われてしまいそうですが…
信じることができた自分、信じてみようと踏み出してみた自分
その心の中で起こる葛藤や、怖れを受け容れて
前進した自分を誇りに思ってみてもいいと思いませんか?
そして、天使のコースでもお伝えしていますが、
過去生でどんな関係だったのかが理解できれば、
その出会いの意味が解るかもしれませんよ。
目に見えないもの、理解できないもの、知らないこと
それらに対して、僕たちは過剰に反応してしまう傾向がありますから。
騙された…
裏切られた…
ではなく、
信じ続ける自分を選択することもできたのです。
怖れや不安などで、本来ある自然な姿を見失ってしまうこともあります。
信じている自分を信じ続けるのは
少し勇気のいることなのかもしれません。
悲しみこらえて 微笑むよりも
涙かれるまで 泣くほうがいい
人は悲しみが 多いほど
人には優しく できるのだから
―(作詞) 武田鉄矢 (作曲)千葉和臣