今年、4月に父が事故で入院し、一気に痴呆症が進みました。
彼が人生のすべてをかけたといってもいい、ローンが残っていた「夢のマイホーム」には誰も住むことなく、寂しげに建っています。
今では幻のような言葉「終身雇用」の環境で、父のような団塊の戦後ベビーブーム世代は、会社人間として生きる限り、マイホームは難しいことでなかったかと思います。
父の場合、それに反発し、転々と職を変えながらも家を持つに至ったわけです。
しかし、不動産会社の口車に乗って、あまり環境の良くない場所に一軒家を持つことになったのですが。
政府も景気浮揚レベルで新築のマイホーム保有政策を進めました。
長期低利の住宅融資も進め、郊外に家を持つ人が増えました。
大規模な都市開発も、僕が幼い頃は多かったように思います。
今、住んでいる多摩ニュータウンもそのひとつでしょう。
政府が推し進めているとか、今が得とか、流行りなど関係なく、当時、自分がどう感じているかを信頼することは難しかったのだろうと思います。
なぜなら、自分の周りであたかも得をしているような人たちを見て、自分はあえてその得を選択しないでいるというのは、自分が損をしているように思えるから。
「みーんなやっているよ!」
「常識でしょ?」
「え、何でわざわざそれをするの?」
「意味ないでしょ?みんなから変に思われるよ?」
それらの周りからのプレッシャーに「自分の感覚を信頼する」なんて無力なものです。
話は少し変わりますが、人生が変わる時に必要なことがあると僕は思っています。
「絶対に嫌だ!」「これだけはゆずれない!」という強い拒絶です。
意識が遠くなっている父は、時折僕に話しかけました。
ローンを残しながらも「おまえに家を残してやったんだ。」と誇らしげに語りかけてくるのです。
「それだけはオレ自身良くやったと思う。家をおまえに残してやれたんだから。」と父。
…ローンも残っているけどね。
その時の僕のツッコミは空しく、聴きたいように聴く父はすでに人生のアディショナルタイム(追加時間)に入ったのだろうと感じました。
人格はコロコロ変わり、自分がどこで、いつ、何をしているのかわからなくなってしまうのですもの。
話は、人生が変わる時に必要なこと、でした。
その父の姿を見て、僕は心の底から「絶対に嫌だ!」と思ったのです。
世間や常識、つまらないプライドや競争、損得勘定で自分自身ではない選択をし続けただけではなく、それを正当化し続け、その火の粉を周りにまき散らす生き方。
僕にとって今年は、振り返ってみれば、とても人生が動いた年でした。
自分がどう思っているのかに焦点を当てる前に、自分が嫌だと思っていることに焦点を当てると、本当はどう思っているのかがわかりやすくなると僕自身は思います。
我慢強く、周りの感情に敏感で共感力が強く、自分を責めがち、そして、性善説をお持ちの方ならなおさら。
(自分でそうです、と言えませんので。)
その「絶対に嫌だ!」を引き出してもらうために、僕の守護天使は離婚やリストラ、生死を彷徨うなどのイベントを人生で引き起こしてくれたのだろうと思います。
人生が急変するのは、いつもそのイベントの後。
最近は緩やかな変化を天使にお願いしていましたが、変わったのは僕の見方と考え方であり、実際に起こっている事象はめまぐるしい、精神的にタイトなことが多いように思います。
「人生が変わることを拒んでいる自分はどのような自分だろうか?」
「人生が変わることで不都合なことは何だろう?」
「さらに人生の祝福を受け取るために僕にできることは何だろう?」
「僕に関わるすべての人が幸せを感じられるために今日一日、どのように生きられる?」
「僕と母、そして、父が喜びと安らぎを感じ、人生を全うするために、僕は何を選択する?」
などと問いかけながら、セピア色の過去を振り返っています。
そして、やってくる未来に耳をすませています。