先日、キラキラ起業女子を取材したテレビ番組がありました。
Facebook(フェイスブック)やInstagram(インスタグラム)などのSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)普及により、自分のキラキラと充実したライフスタイルを発信し、集客する女性起業家のことを「キラキラ起業女子」と言うそうです。
それに先駆けて、僕たちAQUAMIXTも「キラキラ起業夫婦」ということで、十数年前からやらせてもらっています。当時はキラキラなんていう言葉も使わずに充実したライフスタイルをメルマガやブログで発信していたものです。
- 赤字セラピストであったこと
- 少し値段の高い納豆を買えるようになったこと(4Pから2Pのもの)
- 部屋着のスウェットの質が良くなったこと
- ノマドする時に市民会館などの公共施設ではなく、街中のカフェを利用するようになった姿
- スタバでグランデを頼める姿
- 髭剃りの替え刃の交換頻度が上がったこと
- 夫婦喧嘩の内容
- 泣き腫らしたままでファシリテートしたワークショップのこと
などのキラキラ発信がありました。
写真を撮っていれば、インスタ映えもしたかもしれません。
さて、冗談はさておき…
そのテレビ番組では、キラキラ起業女子は結局、起業セミナーの開催者や起業コンサルタントの養分になるという、意図のある帰結でした。
要するに、夢を持って頑張る人たちを育てるふりをして、その夢を喰いまくるというような感じでしょうか。
そのような印象操作、演出を感じました。
その映像にコメンテーターたちがあれやこれやと意見や批評を出します。
僕がお世話になったメンターの女性がよく言っていました。
「水本くん、何か新しいことを始めたり、自分らしく生きようとするとあなたの周りに批評家が集まるのよ。それはとてもいい兆候なのだけれども、残念なことにその批評家たちに影響されて、自分も自分を批評するのようになってしまうことなの。」
「…批評家が成功することはないわ。」
矢面にいる「キラキラ起業女子」よりも、その映像を観て批評しているコメンテーターのほうがなんだか偉そうに見えるわけです。(僕だけ?)
案の定、ツイッター、SNS ではキラキラ起業女子が批評されていました。
批評家でいるほうが、賢く、安全であるかのように。
テレビの印象操作の影響で輩出されるのは、多くの「賢い批評家」でしょう。
「批評家でいれば、自分が夢を諦めたことの正当性を証明できるのよ。そんな安全な立場を守ることに人生を使うこともあるのよ。」
と、メンターの女性は寂しそうに教えてくれました。
「水本くんの周りにやってくる批評家の本質は、あなたに変わって欲しくない人たちなのよ。夢泥棒とも言えるわね。」
「嫌なヤツらじゃないですか!?」
僕は憤慨しながら、メンターの女性に文句を言いそうになりました。
「そう単純なことでもないのよ。その人たちはあなたが安定している今の姿を変えて欲しくないというある意味、応援の違う形なの。そのあたりを理解して感謝することができるとさまざまな応援を受け取れるのよ。」
「そういうもんですかねぇ!?なんだか納得できませんよ。」
批評家がもし、あなたの周りにいるなら、それは応援の違う形だと思ってみるといいかもしれませんよ。