奇跡と祝福の連続の旅 IN 台湾【寛子編・2】~高次元コミュニケーション~

こんにちは。寛子でするんるん
潤治視点の台湾の旅レポを、お楽しみいただいていますか?
全然タイプの違う二人の旅は、結婚7年目にして大分喧嘩も減りました。
【寛子編・1】イントロダクション でも書きましたが、私の台湾が好きになったきっかけは、台湾人のコミュニケーション能力の高さに興味を持ったこと。
台湾のバラエティ番組が好きだったのも、お互いちゃんと受け止める・受け止められるキャッチボールのコミュニケーション。
そして驚くほど、日本では考えられないほど、芸能人が当たり前に赤裸々に自分のことを語る。
受け止める土壌があるからこそ、ですね。
そこに惹かれたのを想い出しました。
私にとって今回の旅は、
『台湾に残されている日本人の魂に触れる』
高次元のコミュニケーションから感じた、これが大きなテーマだったようです。
台湾には日本統治時代の名残も数多くありますし、今の日本では希薄になってしまった感覚が、日常に当たり前に残っていました。
人とのつながりも3次元ではなく、より高次元で繋がっている感覚を持つことが出来るのです。
中国や朝鮮のような大陸ではなく、やはり日本と同じ島国なんだなぁと感じることも親近感に繋がっているのでしょうか。
(かなり台湾贔屓なことを、ご了承ください・ペコリ)

台湾の旅はたった4日間でした。
けれども、帰国日に成田空港から電車で自宅に向かう中で、とても違和感を感じました。
それは、やたらと人がぶつかってくるということ・・・
最近特に、都心部で気になっていることです。
さて台湾にいてまず感じるのは、台北などの人が多い場所でも、日本と違ってじろじろ見るということがありません。
個人主義で無関心、という人もいます。けれども、私はそうは感じませんでした。
不思議と私たちがちょっとでも道に迷ったり、電車の乗り換えを迷ったり、地図で現在地を確認しようとすると、すぐに誰かが見付けて助けてくれます。
しかも、直前まで気配を感じさせません。
普通の感覚ならば、あの人迷っているのかな、困っていそうだな・・・としばらく見てから声をかける?いや東京だと声も掛けないか。
気付くとそばにいて、声をかけてくれます。
日本語が流ちょうな人も、片言の人も。 日本語の単語と中国語を交じえたり、英語でだったり。
台北の渋谷・原宿と言われる西門町で、行きたいお店の方向が分からず地下鉄出口でキョロキョロとしていました。
その時間ほんの十数秒
「どちらへ行かれるのですか?」
若いカップルの男性が、流暢な日本語で話しかけてくれました。
いわゆる哈日族なのかな?と思いました。
哈日族(ハーリィズゥ)とは台湾に多い、日本のサブカルチャーを含む日本文化の大好きな若者たちの総称です。
驚くほど日本語が上手で、日本のドラマも大ブームだという話はよく聞いていました。
(日本が大好きだから、日本人と話す機会が欲しいのかしら?)と、とっさに考えました。
お店の名前を伝えると
「では、ご案内しま~す! こちらは裏道です。」
と丁寧な日本語で案内してくれますが、特に会話があるわけでもなく。
日本語は話せない様子の彼女と、手をつないでおしゃべりしながら私たちの前を歩いています。
(特に話したいわけじゃないんだなぁ。本当に親切心なんだ。)
ふむふむと、3分程の道のりの裏道を歩いてお店に着くと、
「はい、こちらになります。どうぞごゆっくり!」とニッコリ。
あっさりと去って行きました。
ちょっとあっけに取られました。
親切の押し売りでもなく、なんという気持ちの良さ。
こんなことが、旅行中いろいろなタイミングでありました。
その人をじろじろ見てなくても、いわゆる「虫の知らせ」でピピッと感じられるんだろうな。
台湾人は霊感が強いような感じがしたし。
そして「虫の知らせ」という日本語があるように、何らかの形でみなさんも親しい間柄で感じた経験があるでしょう。
これはいわゆる3次元で行われるコミュニケーションではなく、守護天使や聖なる存在、宇宙など、高次元のものと繋がって行われる、高次元コミュニケーションだと感じます。
誰かのことを思い浮かべたら、電話がかかってきた、メールが来た。そんな経験はありませんか?
私は昔からこんなことだらけです。
特に身近な人の電話は掛ってくる直前にピンとくるので、出られる時はコールの間もなく電話を取ります。
受話器の向こうでは「出るの早いっ」と、よく驚かれていました。
近年は特に天使とよくコミュニケーションをとっているので、知り合いの守護天使に呼ばれて、自分の意志ではなく逢う約束をしたりすることもあります。
自分の思考では何故その人と連絡を取るのか判らなくても、呼ばれてしまうのですよね。
自分がそんな感覚を持ち続けていましたし、日本はそういう風土を感じていました。
しかし、最近は東京ではやたらと人にぶつかる人も気になり・・・
台湾ではどんなに人が多い場所でも、ぶつかることは稀です。
ぶつからないように、注意して見ているわけでもありません。
高次元で繋がっていれば、ぶつからないで歩くこと、道に迷っている人をみつけることはたやすそうです。
ちょっとした虫の知らせを、受け取ってすぐに行動に移しているみたい。
以前私が紹介した、「ピッパッの法則」みたいですね。
それも、その虫の知らせが親しい人に限らないところに、台湾人の懐の深さを感じました。
このような高次元の繋がりが当たり前、そして家族を大切にし、郷土を大切にする彼らの在り方と触れあえたことは、私たちの心に財産となりました。
つながりが希薄になっていることが指摘されている日本人は、学ぶことが多いと感じさせられました。
私のライフワークの一つに『日本人が昔から持っている感覚を、当たり前のものにしていくこと』があります。
欧米から始まった物質主義の価値観が崩壊する中で、きっと日本人の道しるべになっていく感覚だと感じています。

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