始末に負えない子供たちが僕の進むべき道を照らしてくれた

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。
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AQUA MIXT 潤治です。
愛娘 小葉も8ヶ月を過ぎ、ハイハイ・つかまり立ちからの移動を楽しむようになりました。
体調不良もなく、元気に育ってくれています。
「子育て」シリーズの記事も多く書かせてもらっていますが、
僕が学校カウンセラーであった時の話も度々紹介しています。
問題児と呼ばれる子供たちと接していく中で、
僕自身の葛藤も多く、それが今のAQUA MIXT のレッスンやワークショップ、そして、僕自身のコミュニケーションスタイルにも影響を与えてくれています。
何を葛藤するのか?
それは子供たちが僕の言うことを聞いてくれないからです。
そして、僕の心がざわつき、子供たちに振り回され疲弊してしまうのでした。
当たり前ですか?w
注意したり、褒めたり、理屈で教えたり、いかなる手段も通用しませんでした。
どうしたら、分かってくれるんだ?僕の何が悪いんだ?いい加減にしてくれ!
と思いながら、子供たちと接していました。


そのうち、道理も分からない子供たちというレッテルを貼るようになりました。
大人としてきちんと道理を教えてあげなければという「上から潤治」になりました。
子供たちに進むべき道を教えてあげなければという使命感で燃え上がるところでした。
潤治用語で「ポジティブ萌え」状態です。
ちょうどその頃、静かに1度目の結婚が卒業を迎えました。
人生のターニングポイントを無理矢理に与えられたような時でした。
すっかり自信も失い、自分がこの世に生まれてきた意味を見失いました。
人間が人生を変えるきっかけになる3大イベント、
「リストラ・大病・離婚」のひとつを味わったわけです。
落ち込みながら、子供たちとも接していたところ、
いかに僕が子供たちに元気を与えられていたことに気づくのでした。
すり寄ってくる子、何でも質問してくる子、甘えてくる子…、
そういった子の愛情を感じることはそう難しくないでしょう。
プライドずたずただったおかげでしょうか。
どんなコミュニケーションだろうと、
僕を救ってくれるような気がしたのでした。
僕はこの世にひとりじゃないよね…、という感じでしょうか。
普段なら気づかない問題児と呼ばれる子供たちの愛情も感じることができたのでした。
喧嘩をふっかけてくる子や面倒をかけようとする子が、
実は「僕を愛して欲しい」と心で叫んでいることに気づきました。
「愛して欲しいけど、どうしたら愛してくれるのか分からないの。」
「僕は愛される価値のある子なの?」
「僕を叱るのは僕が悪い子だから?」
「でも、悪いことをすれば、僕を見てくれるでしょ?」
「僕はこの世にひとりぼっちなの?」

まさにその姿はその時の僕でした。
問題児と呼ばれる子供たちの訴えは僕の心の叫びでした。
その時から、僕は彼らの面倒を見てあげる大人ではなく、
彼らに教えを乞う人であろうと思うようになりました。
もちろん、子供に媚びる大人ではなく…。
その姿勢で向きあうようになってから、彼らに感謝する機会が増えました。
僕の心の代弁者たちの存在をありがたく思いました。
そして、お互いに不器用な愛情表現を穏やかにするようになっていきました。
僕のリハビリのために彼らはメッセージを表現していたのかもしれません。
彼らを尊ぶ心が自尊心を上げてくれたのだと
分かったのはしばらく経ってからでした。

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