自分らしく生きること、自分のやりたいことをして生きるのはマイノリティ(少数派)?

先日、お母さまとご一緒に高校生男子がAQUAMIXTを訪問してくださいました。

彼はサドベリースクールに通っていたことがあり、
いろいろとお話を聴けるかなぁと思っていましたが、
話よりも彼の姿勢そのものが「言葉」でした。
サドベリースクールは、カリキュラムも、点数も、卒業証書もない
世界一自由な学校と言われる米国のサドベリー・バレー校をモデルとした学校です。
ここ数年、日本でも目にするようになってきました。
彼はやりたいことのために留学し、今もやりたいことを追いかけています。
彼と対面して、もう、眩しくって仕方ありませんでしたよ。サングラスが必要なレベルです。e3ad369e5aab1dd4e2ea6865aaba67b7_s
 結局、彼の恋愛相談になったわけですが、自分らしく人生を生きていても、
恋愛はエアスポットのように人生の迷路に僕たちを誘ってくれますw。
恋愛やお金はスキャンダラスな香りです。
大人になるほど、それらに多大なる関心を隠蔽するので、足下をすくわれるのかもしれません。
さて、サドベリースクールの特徴に、「退屈に浸る」というものがあります。
働きアリのように動き回っているのが好きな僕ですから、
そのサドベリースクールの雰囲気は今の僕では耐えられないかもしれません。

やらなければならないことを次から次へと
時間に追われて片付けるような課題が意外に好きです。

「テトリス」というゲームをしているかのようで、スリリングな時間を過ごせます。
ですので、学校で与えられる宿題も嫌いではありませんでした。
そして、順番を競わせられる、わけですが。

そうした与えられた時間の中で生きていると退屈が怖くなるように思います。
大学生の頃、退屈な時間が増え、不安な日々を過ごすようになりました。
そして、僕はその不安を誤魔化すように、スケジュール帳に予定を次々と入れました。
用事や義務に縛られていることが心地良いわけです。

「学校教育とは、良い労働者を育て、管理される人を創り出すものである」

と学校を卒業してから十数年が経ってから思うようになりました。

その意心地の良さも知っているし、
管理下でも歓びや生きがいを持てる僕であります。

サドベリースクールの話をしている時、彼の放った言葉が、
「やりたいことを見つけてしまうと、逆に時間足りないですよ。」
ズキュゥゥゥン!
あまりにも彼のハートから出た言葉に胸キュンしてしまいました。
時間が足りないという感覚が、僕とは違うわけです。
大人になるにつれて、やりたいことよりもやらなければならないこと、
やっておいたほうがいいこと(と言われるもの)、が増えていきました(僕だけ?)。
やりたいことをやってもいいといつの間にか
許可が必要な世界にいるような氣持ちを毎日感じていました。
あまりやりたくもないことをさも緊急で、重要なこととして捉えて、
自分を鼓舞して頑張ってきたように思います。
みんながそうしていたから…くらいの理由でしょうか…。
ムーミン「義務って何のこと?」
スナフキン「したくないことを、することさ」
やりたいことをやると時間が足りないなんて言ってのける彼をとても眩しく思いました。
恋愛相談もそうですが、そのマイノリティの責任のようなものもテーブルに乗りました。
やりたいことをやりたいようにしている人間なんてマイノリティ(少数派)だよ。
嫉妬を受けることもあるだろうし、攻撃されることもあるかもしれない。」と僕。
「それでも、僕は自分のやりたいことをしていたい、マイノリティ(少数派)でいたい。」と彼。
また、しばらく、マイノリティの怖れについて書きたいなと思います。

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