こんばんは、潤治です
南伊豆で行われたお泊りリトリートワークショップ「新月のヴィジョンクエスト」が無事に終り、たくさんの気付きを感じられたことに感謝です。
寛子とのふり返りでは、いろいろな改善点が見つかり、より良いものにしていきたいと考えています。
御参加された方、ご検討いただけた方…、本当にありがとうございました
今日の記事は、「パートナーシップのために…『子供のような○○を共有する』」です。
パートナーが何を考えているか…
パートナーが何を感じているか…
意外とお互いに伝え合うことをしなくなっていくものです。
わかっているつもり、理解されているつもり…
だましたつもりッ、だまされたふりッ、夏を演じましょうぉ~♪(中山美穂 50/50)
あなたは何を感じているか…を人に伝えていますか?
日常生活はお互いが何を考えているか…
何を感じているか…と伝え合わなくても、それなりに機能します。
お互いが役割を演じ、こうあるべき…、こうしなくっちゃ…、を気づかずに貯めていきます。
「最近、どこも出かけていないねッ」とパートナーに言います。
「そんなことはないよ、この間、伊豆に泊りに行ったじゃないッ」
「そういうことじゃないの!」
「じゃあ、どういうことなの?結構、出かけていると思うよッ。」
「どこに出かけたかを確認したいわけじゃないよ!」
「意味わからない!どこにも出かけていない…って言ったのはそっちでしょ?」
…とある日の僕と寛子の会話です…。
どちらがどちら…ということは伏せますが、男性脳を持つ寛子と女性脳を持つ潤治ということだけお伝えしておきます。
潤治の言いたいことはきっと…
「もっとふたりでいようよ、寂しい。」
ということであり、言葉どおりの意味を相手に伝えたいわけじゃないのです。
寛子は言葉どおりのコミュニケーションをします。非常に的確で理路整然と話します。
素直に自分の感じている感情を伝えないと上記のようなやりとりが長々と続きます…。
逆に寛子は疲れが溜まっていたりして…
「今日は頑張ったからねッ…」と言います。
「言いわけしないで良いから、休んだら?」と僕。
「言い訳じゃないよ、事実だもん!」と寛子…。
すこしヒートアップし始めます…。何か喧嘩する材料があるとここから言い合いになり、ぶつかり合います。
寛子が言いたいことはきっと…
「今日はよく頑張ったでしょ?褒めてぇ、認めてぇ!」
ということであり、褒めて欲しいとリクエストしているのです。
…とふたりのコミュニケーションはやもすれば喧嘩と背中合わせです。
でも、とても大切なことは、言葉の向こう側にある「感情」です。
それも理屈ではなく、子供ように感じているもの…
寂しい…、悲しい、甘えたい…、助けて欲しい…、認めて欲しい…、褒めて欲しい…、辛い…
パートナーがそばにいるのに、こういう感情を共有しあわないと、お互いに孤独です。
相手がそばにいないことが寂しいのではなく、相手が何を感じているのかがわからないことで孤独を感じます。
その孤独感は、お互いの溝を深くします…。
その溝、寂しさを埋めるためにお互いが外に、何かを見いだし…
パートナーとのコミュニケーションを試す機会を逃す可能性もあります…。
パートナーと子供のような感情を分ち合うと、いろんな自分の中の癒されていない子供の自分が出てきます。
思い出の国に置いてきぼりにされた、もうひとりの自分…。
その自分を覆い隠すために…
見ないでいるために…
鎧を着たり、閉じこもったり、人を攻撃したり、勲章を集めたり、何かに属したり、尊敬を得ようと努力したり…。
がんばることは悪いことではないけど、どの動機がどこからくるのかは大切です。
パートナーといることで人生はとてもシンプルになります。
パートナーの前では、大人も子供もなく…、
あるがままの自分の感情を分ち合うことで、そのことが相手に解き放つ愛を提供することにつながります。
…ということで今回は「子供のような感情を共有する」でした。
コメント
おきゃんさま
共感してもらえると嬉しいです。
ありがとうございます。
相手のことを受け入れる思いやりと
自分の感情を伝える勇気…。
コミュニケーションは面白いです。
パートナーは自分を映す鏡ですねッ。
すごーく分かります!
うちでもこんなやり取りがよくあります。
最近あきらめからかやり取り自体も減り気味ですが・・
自分の言葉の裏側を分かって欲しいばっかりで(汗
かと思うと、あるがままになっちゃっていいのかって思ったり・・
他人同士が分かり合うのって難しいですね・・