振り返れば母がいる【好かれるために頑張る編】

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。
初めての世界
AQUA MIXT 潤治です。
台風が接近し、梅雨時期の洗濯物の行く末が気になる今日この頃です。皆さんは如何お過ごしでしょうか。
先日、無事に娘 小葉(このは)の1ヶ月検診が終わり、
順調に育ってくれていることをあらためて確認することができました。
自宅をメインに仕事をしている夫婦ふたりなので、
1日中、娘の様子を見ていることが可能です。
パパはお仕事に行ってくるからね、帰ってくるまで良い子にしているんだよ…
というセリフを言う機会もなく、1日中顔を突き合わせるわけですね。
その中でいろいろなことを感じる機会があります。
娘の世話をしこしこと続けているのですが、
娘の為にしているのではなく、自分のためにしているのでは?
と思う機会がありました。


幼い頃、母が大好きでした。
自転車に乗れるようになると、母に報告し
「乗れるようになったんだね、スゴイね。」と、
掛け算九九が暗唱できるようになると、報告し、
「覚えるのが早いのね、えらいね。」と、
給食を残さず食べたら、これも報告して、
「残さず食べられたんだね、えらいね。」と、
…さまざまな温かい言葉をもらっていました。
「お母さん、見て!」
「お母さん、見てる?」
「お母さん、僕、できるようになったよ!」
「お母さん、僕のこと好き?」

と、何かを頑張る動機の多くはお母さんに認めて欲しい、
お母さんの愛を確かめたい…というものになっていたように思います。
そして、母の愛が呈示されるわけです(オペラント条件付け)。
それが自分の愛情確認の原型になっているとは、
その頃の僕には、思いも寄らないわけです。
振り返れば母がいる。
母に好かれたい、存在を認めて欲しい、僕がこの世で一番好きって言って欲しい。
そんな子供の頃の欲求は、いい大人の僕の中にあるのです。
むしろ、複雑に…w。
母のような存在は、時とともに移り変わっていきました。
愛情確認の原型はそのままに。
教室で気になる女の子の前では、
「サッカー、うまいでしょ?見てみて!」とサッカーボールを蹴りまくり、
ゼミで一緒だった女の子の前では、
「こんな難しい本を読んでいるんだよ、奥が深そうでしょ?僕。」
ブックバンドで本を結びまくり、
社会人になって青果業に勤しむ際、レジを担当する女子の前では、
レジに近い場所の青果売り場で、キャベツ出しまくり、
「キャベツを素早く、売り場に陳列出来ているでしょ?僕。」と誇りに思い、
サッカーが好きだったのか、
そんな哲学本を本当は読みたかったのか、
キャベツをそんなに陳列する必要はあったのか、

今となっては、どの動機は…
「振り返れば母がいる」状態だったわけです。
その状態は、時が過ぎ今も…
娘のオムツを替えては、

「寛子、見てくれている? 僕はオムツを替える夫ですよ!」
「見てくれている?スゴイと思ってくれている?」
「僕のこと、この世で一番好きだよね!?」

と確認しているわけです。いい大人が…w。
(大人の愛情確認って複雑で愛おしいですね。)
愛情確認の原型は、幼少期に出来上がりますが、
その表出は大人になっても続き、その形はさまざまです。
ひょっとしたら僕は、
娘のためというよりは、その愛情確認のために、
オムツを替え、その姿を寛子に見てもらいたいだけなのかもしれません。(may be…)
断定するには、心の準備が必要ですw。
好かれるために頑張ることも、
もちろん、さまざまなことを実現するには必要な力ですが、
その先にある、自分の心が喜ぶことに集中する という領域、
何かに依存するのではなく、自分の心だけが知っている領域に、
行けるといいなぁ、もっと楽に生きられるのではないか?
と思う、今日この頃なのでした。

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