価値観の衝突は癒されていない大人の戯れ言かしら?

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。
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AQUA MIXT 潤治です。
寛子の記事がとても人気のようです。
直近の記事は我が家で電子レンジを使わない理由が述べられていました。
情報を整理して伝えるのが寛子は本当に上手!といつもながら思います。
自分たちへの厳格な掟のようにそれを実行しているのではなく、むしろ、どうしてそれを使うのんだろう?といろいろと調べ、さまざまな可能性を考慮すると自然にあるべき姿へ流れていくような気持ちです。
価値観は頑ななものではなく、より自分たちにとって
自然で優しく、穏やかなものという選択をしていく結果に過ぎません。
ですので、周りとの価値観のぶつかり合いという事態は
あまり起こりませんし、戦う必要もありません。
…といってもこれから、娘の小葉が地域と関わっていく際に
価値観の衝突という事態はあるかもしれませんね。

※写真は小葉の「やっほーい」の図

この「価値観の衝突」というフレーズ、その視点も陥りがちな罠のように思います。
寛子の実家が自宅から近いので娘の小葉を預かっていただくことがあります。
子育てに協力的なお義母さんなので、とても助かっているのです。
ひとつだけネックになることがあります。
それは我が家の食生活と違うことです。

我が家はベジタリアンであり、あたかも常識のような食生活をしていません。
身体にあまり良い影響が無いと思われるものを積極的に摂ることはしません。
肉・魚・乳製品・牛乳・砂糖・精製された小麦粉・添加物の類・カフェイン・チョコレート
・サラダ油・ショートニング・マーガリン・ペットボトル類・レンジで加熱したもの…。
ですので、市販の加工食品を買うことがあまりありません。
お義母さんはそのことはうっすらと知っている程度で、
「そうはいっても、少しくらいは食べるでしょ?」というスタンスで接してきます。
実家に預けた小葉がサラダプリッツをがっつりと食べたという報告を受けて、
僕の何かしらの思いが萎えていくことはしばしばありました。
ああ、小麦粉よ…、乾燥ポテトって何処産のもの?遺伝子組み換えは必至、
ショートニング、砂糖がぁ…、チキンエキスってどんなチキン?中国産だろうし、
調味料にアミノ酸等も?グルタミン酸ナトリウムも…ぉぉ。
食生活における価値観の違いという問題と捉えてしまうと、
その違いを妥協するか、感情的に反発するか、正論でねじ伏せるか、懐柔するかという
複雑なコミュニケーションになりがちです。
相手の「私が間違っているとでもいうの?」というデリケートな部分に触れることもあります。
その視点で接しているとあまり進歩はなく、徒労感もむくむくと湧き起こってきます。
この「そうはいっても、少しくらいは食べるでしょ?」は、
本当にいろいろなところで体験するし、これからもしていくでしょう。
「そうはいっても、少しくらいはやっちゃうでしょ?」
「ほんのちょっとくらい良いでしょ?」
「ま、あんまり深刻にならずに、いいじゃあないですか。」
「大目に見てくださいよ、このこのぉ~!」
「私が間違っているということでしょうか?」
このようなスタンスで僕が大切にしている価値観に影響してくる人はいるでしょうね。
―当然です。
そこで「価値観の衝突」をいう罠にはまらないようにしたいと思っています。
自分を理解してもらうには、まずは相手を理解してから…でしょうか。
自分の価値観を伝えるには、まずは相手の価値観を受け容れてから、とも言えますね。
ここ、踏ん張るポイントです。
相手は別に僕の価値観を侵害しようとも、押しつけようとも思っていません。
ただただ、自分を肯定して欲しいと思っているかもしれません。
相手が生きてきたストーリーを肯定せずには前に進まないと感じます。
価値観の衝突ではなく、お互いの存在承認の問題ということでしょうか。
承認欲求の問題であり、その承認欲求を満たす、理解することから
コミュニケーションがスタートします。
はああ、面倒くさい…と思うところに「価値観の衝突」の罠への誘いがあります。
衝突したほうが結果が早くでるし、白黒はっきりするし、感情的にすぐに完結するし~、
理解し合えない、もしくは理解し合えるという分別をすぐにできるということですね。
完結しないままの感情を持ち続けながら、人と関わり続けるのは面倒ですが、
そこに心、魂の成長はあるように思います。
小葉がサラダプリッツをたらふく食べた後、
やはりお腹の調子が悪くなり、そのことを事実として報告すると、
市販のものはダメね、という相手の認識が生まれていきました。
小葉も市販の甘いものを口にすると口から出してしまうので、
ああ、やっぱりダメなんだと分かってもらうようになってきました。
「そうはいっても、少しくらいは食べるでしょ?」という姿勢は減少してきましたが、
無くなることはありませんし、それは至極当然のことです。
その人の存在承認を揺るがして価値観を突き合わせることは、
コミュニケーションを複雑にし、良い結果は生み出さないように感じています。
価値観の向こう側に見える相手のストーリーを想像し、
その相手を抱きしめることから始めます。(イメージね)
そうすると不思議と自分が望むような形になっていきます。
価値観の衝突とは、ひょっとして癒されていない大人の問題のすり替えかもしれません。
認めてよぉ~、寂しいよぉ~という叫びを先ずは聴く胆力を身につけたいものです。
もちろん、その自分の声もね。自分だってその声を上げているわけですから。

ベジタリアンを選択している僕、間違っているのかな?良いよね?とかw。
マイノリティですが、何か?とかw。

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