
「宿題、やったの?」という呪文からの卒業
ホームスクールをしていて、僕が思うことは、親子でも命令はできないということです。その命令を正当化するために、いろいろな言葉を使ってもいっそう親子の気持ちの隔たりは大きくなると感じます。
ですので、「早く宿題しなさい!」「あとでやるって言ったじゃない」というやりとりはありません。
心理カウンセラーとして、日々多くの親子関係に寄り添っている僕ですが、いざ自分の家庭のこととなると、つい「世の中の当たり前」という正しさを娘に押しつけそうになる自分と対峙します。
「宿題はやるのが当たり前」
「やらないと後で苦労する」
「ちょっとずつ毎日やろうね」
そんな正論で娘を追い詰め、自分自身も「させなきゃいけない」というプレッシャーでピリピリしてしまうなんて、多くの時間を一緒に過ごす関係において悲劇です。そうしたトゲトゲ・ピリピリした空気の中で、一体何が育っているのだろう?と考えてみました。
我が家では、「宿題」という、ある種の「義務」を手放したことで変化が訪れました。
漢字練習が嫌いだった娘が見せた「自発性」の輝き
娘が小学校低学年で学校に通っていた頃、彼女にとって「漢字練習」は苦行そのものでした。
決められた漢字を、決められた回数、指定された枠の中に丁寧になぞり書きする。学年ごとに習う文字がガチガチに決まっている「漢字ドリル」の世界。
それは彼女にとって、ただの「作業」であり、自分の心を少しずつ削っていく時間になっていました。
ところが、学校を選択しない学びを選び、宿題という強制から解放された今の彼女は活き活きとしています。ある日、娘が自ら、ずっしりと重たい「漢和辞典」を持ち出してきたのです。そして、パラパラと宝探しでもするかのようにページをめくり、自分の心に留まった文字をノートに書き写し始めました。
驚いた僕が様子を見守っていると、彼女はこう言いました。
「パパ、漢字はね、覚えたいときに覚えるのが一番覚えるんだよ!私は今、好きな文字を書きたいの」
そのノートに並んでいたのは、学校のカリキュラムとは無関係な漢字ばかり。でも、その時の娘の瞳は、宿題に追われていた頃の曇り空のような表情とは対照的に、キラキラと輝いていました。ああ、これでいいんだ…と思った瞬間です。
「宿題がない」ことが育む、最強の心理的メリット
心理カウンセラーの視点から分析すると、宿題を手放すことには、単に「楽をする」以上の、計り知れないメリットがあります。
「裁き(ジャッジ)」の時間が消える
「やっていないじゃない」と親が検察官のようにこどもを裁く必要がなくなります。すると、家庭は「評価される戦場」から、ありのままの自分でいられる「安全な基地」に変わります。
「脅し」のコミュニケーションが終わる
「やらないと大変なことになるよ」と不安を煽る必要もありません。不安による支配は、脳を生存モード(戦うか逃げるか)にしてしまい、本来の思考力や創造性を奪ってしまいます。
「自己決定感」という一生の心の土台
「何を、いつ、どう学ぶか」を自分で決める。このプロセスこそが、不登校の子にとって最も必要な「自分を信じる力(自己肯定感)」を育てます。
「わざわざ試練を与えなくても、こどもは自ら育つ力を持っている」。
ー娘の姿は、僕にそう確信させてくれました。
【番外編】アニメ『チ。』が教えてくれた、学びのロマン
最近、娘の勧めでアニメ『チ。 —地球の運動について—』を観始めました。「パパが好きそうなやつだよ」と言われたのですが…。
これが思った以上に好みで、毎回、背筋を伸ばして(というか正座して)鑑賞しています。
この物語に描かれているのは、中世のヨーロッパで「地動説」という真理を命懸けで信じ、その発見を次の世代へ繋ごうとする人々の姿です。
この地球上に存在した先人たちが経験し、震えるほど感動した発見を、どんな困難があっても伝えようとする。その「知のバトン」の恩恵を、今の僕たちが受け取っているのだと気づかされます。
我が家のホームスクールでも、「円周率」を学ぶとき、単なる数字の暗記ではなく、娘とこんな話をします。
「この『3.14…』という値にたどり着くために、どれだけの人が一生を捧げて、知識を繋ごうとしたんだろうね。」
何かを学ぶとは、そうした先人たちの「情熱」を受け取る作業でもあるのだなぁと、娘の横顔を見ながら感じています。
日本の教育システムの多くは、残念ながら「将来への不安」を原動力にしています。「やっとかないと将来困るよ」という脅しの学びには、ロマンがありません。
でも、本来の学びはもっと自由で、熱いものです。
「将来への不安」を、今を生きる「感謝と情熱」に置き換えていくこと。
知的好奇心を、ただの「成績」ではなく「生きる喜び」に変えていくこと。
それこそが僕のミッションのひとつであり、宿題という枠を超えた先に見える、新しい教育の景色なのだと信じています。
ホームスクールの醍醐味「正しさよりも、心地よさを」
もし今、あなたが宿題をめぐって親子で消耗しているのなら。
一度、その「正しさ」から手を離してみませんか。
「宿題をしない」ことで生まれる余白には、子供が自ら見つけ出す「好奇心」という宝物が隠れています。
親が「〜すべき」を捨てたとき、子供は自分の人生を自分の足で歩き始めます。
好きな漢字ばかりを熱心に書き連ねる娘の背中が、僕にそのことを教えてくれました。


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