人をコントロールできるという錯覚が人生の歯車を狂わせる

人はコントロールできない…。

それは「空模様」と同じく。

コントロールできないと白旗をあげてしまえば、楽になれるのに、煩悩のせいかそれがなかなかできないものです。少なくても僕はそう思っています。

「コントロールできる、できる!」と意固地に思い続けて、人生を終えることがあるかもしれないと思うとゾッとします。特に身近な人間には思ってしまうように思います。パートナー・親・子ども…。

あなたはどうでしょうか?

不幸なのか、幸福なのか、コントロールできてしまう瞬間が人生に訪れるように思います。

あたかもコントロールできたような錯覚…。

すねれば…
地団駄を踏めば…
残念そうにみせれば…
相手を脅せば…
相手の弱みにつけこめば…
相手の罪悪感を刺激すれば…
不安にさせれば…

これらの言動や暴力で効果を感じられてしまえば、それを強化していくかもしれません。
まぁ、モラハラ人間の出来上がりですね…。

「変えられないものを変えようとして、人生を無駄使いしない…」は、
著書「7つの習慣」からもらった僕の人生の指針です。

しかしながら、たまに「変えられた!」という成功報酬は中毒性を生み出します。

どうして人をコントロールできてしまうと思い続けてしまうのか…

こんなラットの実験があります。

ボタンを押すと「必ず」餌のでる装置がある部屋→A
ボタンを押すと「数十回に1度」餌のでる装置がある部屋→B

それぞれの部屋にラットを入れ、しばらくの間、生活させます。

その後、

この2匹をそれぞれ新しい部屋に入れます。
その部屋は、ボタンを押しても餌の出ない装置があります。

A のラットはボタンを押しても餌が出ないので、すぐに押すのを止めてしまいます。
B のラットは、いつかまた餌がでるだろうと、ボタンを押し続けます。
絶対に出ることのないボタンを…。

この「いつか、また!」というところに味わった成功報酬が脳に快楽物質を与えてしまうのでしょう。
「止められない」という状態に陥るのかもしれません。

エスカレートして、誰かが、またはそうせざるをえない状況になって止められるとしたら、それはどんな機会でしょうか。

たまに、この実験を思い出して、自分がBのラットになっていないか鏡を見ます(苦笑)。
折に触れて、そんな自分の習性を優しく認めて諦めたいと思っています。

押しても出ないと…諦められるかな?

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