常識はわたしたちを守るバリアか、それとも囚われか…(アクセスバーバルクラス)

先日、アクセスバーバルクラス「常識という囚われから自由になる」を開催しました。

わたしたちの創造的な人生を拒む常識は?
人生の安らぎと喜び、豊かさからわたしたちを遠ざけるものは?
そもそも「常識」とは何でしょうか?

などなど、僕たちのそれも共有しながら、問いかけつづけていきます。

答えを求めるものではなく、いろいろなものをテーブルに乗せて、皆で見ていくというグループワークのようなものです。
笑いあり、唸り声あり、深い理解あり、です。

ある瞬間、今までの自分が嘘のように窮屈な箱に入ってしまうようなことって、ありますか?
急に誰かに人生のハンドルを奪われたような…。

豊かで安らぎに満ちていた時間が嘘のように「ハマって」しまう瞬間です。

普通、こういうものでしょ?
みんな、そうしているんだから!
あなたはなんでこうしないの?
こういうことするのは失礼よ!
考えれば分かるでしょ?
どういう教育を受けてきたんだ?
こうしなくっちゃ!
こうしないと、○○になっちゃうよ!

などなど、

自身の心と思考に自らプレッシャーをかけて自分らしくいられない状況を創り出すことはありますか?

「常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションである。」(アインシュタイン)

彼の言葉は有名ですが、「だよねぇ、そだねー」と思いながら、「ハマって」いる僕たちがいます。

ひとりだとこれをテーブルに乗せて俯瞰すること、ぶっちゃけることは難しいと思います。
知らず知らずに自分じゃない「囚われの自分」で思考、感情を味わっているからです。

そして、自分は違う、そんなわけがない!と「良い格好」がしたい「隠れた自己」がわたしたちの心の中にいるからです。

僕が持っている「時間は守るべきだ」という常識、ルールも、ある人間関係では全く意味を成しません。
時間を守ることよりも大切なものがあるという常識、ルールを持っていたら、相容れないわけです。

時間を守ってきた、我慢してきた、何故だかわからないけど信じてきたものは「思い込み」「決めつけ」「偏見」なのかもしれません。

絶対に自分が正しいなんて思ったところで手にするのは、敗北感のある勝利でしょうか。

このクラスはまた開催します。

常識というルールで何を得たいのでしょうか?わたしたちは…。

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