「怒り」に対して“見ざる・聞かざる・言わざる”なら

おはようございます、AQUA MIXT 潤治です。
その手を離さないで
9月になり、さすがに窓を全開で眠っていると、朝型、寒さと頬を撫でる風で目が覚めます。
ゆっくりと自然は移り変わりますから、身体もそれに合わせてゆっくりと適応していきたいなと思います。
さて、先日、「怒りが本当の感情を感じるコンパスに?」という記事を書かせていただきました。
心がざわつく、イライラするというのは、自分の何かが反応しているわけですから、
その「何か」を理解することで自分との対話や癒しになるというお話でした。
しかしながら、「怒り」と聞くと鼓動が早くなる人もいるでしょうし、急に目を背けたくなるような感情が湧きあがってくるかもしれません。
「怒り」という言葉に上書き保存された価値観や思いが各人によって違うからだと思います。

この怒り(?)を爆発させちゃったら
何だか今まで築いてきたものが一気に崩れ去りそうで、怖いです…。
(Sさま 女性)

「怒り」を取り扱い注意なものにするか、自分を理解するための機会にするかでひょっとしたら、「怒り」は自分の「心の叫び」として観ることができるかもしれません。

自分の内面とのコミュニケーション能力を高める
人間関係をシンプルにするセンスを磨く
本当に伝えたいことを伝える勇気を持つ
そのためのレッスン

「言外を読む力×交流分析」レッスン
9月9日
(日)
13時半~17時
聖ヶ丘


喜怒哀楽は、僕たちの自然に湧きあがる感情です。
そのうちのどれかひとつ抑え込もうとすると、他の感情まで失ってしまうように感じます。
僕が幼い頃、父は「怒り」に翻弄されていました。
感情の表し方が上手ではなく、
人に怒りをぶつけることで心を落ち着かせていたようです。
「怒り」と良いパートナーシップを結べていなかったのだと今では思います。
「怒り」の取り扱いを父の姿を観て学んだ僕は、
現実に起こる事象によって湧きあがってくる感情の痛みに耐えられず、
「怒り」に翻弄されていました。感情的な混乱です。
それが暴力とならないのは、父の姿が反面教師だったからです。

しかし、湧きあがってくる「怒り」にどう向き合うか判らず、
翻弄され、ええ格好しいの僕はそれに蓋をし、無理にポジティブに、
まるで怒りなどこの世になりように振る舞うこともありました。
それは違う表出をすることになるのですが、それはブログではなく、
ワークショップやレッスンでお伝えすることにします。
「怒り」が、本当は自分が何を求めているのか?という視点で、
内省していくと癒しや気づきになるかもしれません。
そして、「怒り」に使うエネルギーを「勇気」に変換することもできます。
爆発 or 蓋をする ではなく、自分の心を理解するための機会と捉え、
相手に提案をする、相手の要望を断る、自分の気持ちを静かに伝える、
人間関係に依存せず孤独になる機会を怖れない、誤解されることを怖れない…

といった「勇気がいる行動」をとると混乱は少ないように思います。
「怒り」をコントロールするのでもなく、
奴隷のように翻弄されるのでもなく、
本当の気持ちに気づかせてくれるような友人として
パートナーシップを紡いでいきたいなと思います。

あなたは、「怒り」と良いパートナーシップを紡いでいますか?

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