罪悪感が人生の牽引にならないように【仕事編】

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。
鍵をかけてしまうのは自分自身
年末年始からブログでは、「罪悪感」シリーズを書くことに熱い潤治です。
「内面の葛藤が引き寄せの法則の邪魔をする」
「罪悪感が人生の牽引にならないように【恋愛編】」
「罪悪感が人生の牽引にならないように【親子編】」
AQUA MIXT からの「2014年*天使からのメッセージ」でもありますが、
新しいバランスを手にすることが必要となります。
それにはひょっとしたらあるかもしれない内面の葛藤に気づき、正直になる必要があるかもしれません。
僕が20代の頃、スーパーマーケットの青果部で働いていた時のことです。
朝から晩まで会社での評価が気になって休暇も取らずに働きました。
朝から市場に行って青果バイヤーの買い付けに同行したり、
お店の売り上げを上げることに夢中でした…。
上司や先輩と飲みに行くことも多く、自分の生活を犠牲にすることが多かったです。
頑張れば報われるという言葉を信頼し
(その割りに頑張る方向が違うのでは?とも思っていました。)

一生懸命に仕事に従事していました。
ひょっとしたら、その言葉に依存していたのかもしれません。
だからでしょうか、心の中にあるモヤモヤ、不安なども感じている日常でした。


青果チーフとなり、部下もでき、新店も任されるようになった頃のことです。
あるお客さまから「キャベツに虫がいた」とクレームをもらい、
晩御飯時に車を走らせ、ひとり新しいキャベツを持って交換しに行く
自分の姿をバックミラーに見た時、
僕は何をしているんだろう?
ほろりと頬を涙がつたいました。
お給料をもらう時はまるで慰謝料請求のような気持ちでした。
部下とのわずかな金額の差
僕のプライドをかろうじて保たせてくれるのでした。
それでも、頑張れば道は開けていくだろうと日々、限界まで働きました。
一日一日、やるだけのことはやったという自己満足が
得体の知れない不安から僕を守ってくれるのでした。
そういう意味では、
上司からのの期待に応えること、
会社の目標に添ってやりがいを見出すこと、

なども同じような効果をもたらしてくれました。
お給料の使い方は発散を目的としたものが多く、
部下を連れてネオン街に消えていきました。
なぜ、発散する必要があるのか?
ある時、気づいてしまったのです。
労働の対価として受け取ったお金を大切にしていないということは
僕の労働自体を大切にしていないことと同じなのではないだろうか?
僕の労働自体を大切にできるとしたら、
それはいったい何だろうと悩み出しました。

ずっと心の何処かで分かっていたことでした。
僕は自分の才能を試してみたり、
自分らしく生きることから遠ざかる自分への罪悪感
上司からの期待に応えられない、
会社の数値目標に達しない、
いつもヘトヘトになりながらも完璧な仕事ができていない、

などで感じる罪悪感にすり替えていたのでした。
罪悪感のすり替え ですね。
自分に申し訳ないと思いつつ、
かりそめの満足感、達成感で誤魔化す
わけです。
だからこそ、評価が気になるし、目標達成にこだわりました。
僕自身を自由にしていませんから、他人にも制約的でした。
自分に対して優しくありませんから、他人にも厳しい対応でした。
我が振り直さずに、人の振りを直そうとするわけですね。
自分に対する本当の罪悪感を感じないようにしていたのです。
怖いですからね、自由に生きることは。
※本当はとてもエキサイティングなものですよ。
なぜ、怖いと感じるのか?
それは自分の人生の責任をすべて自分が請け負うからです。
その楽しみをお伝えしているのが、
AQUAMIXTのプロフェッショナル養成コースです。
第2期募集は2月からの予定です。

自由は責任を意味する。
だからこそ、たいていの人間は自由を怖れる。
   ―ジョージ・バーナード・ショー

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