セラピーサロンとしてAQUAMIXT が稼働し、多くの豊かさを得るようになりました。

スピリチュアルカウンセリングやコーチング、オラクルカードセッションもさることながら、僕と寛子の人生の目的(ライフパーパス)を生きる姿勢がそのままレッスンになった「ライフパーパス個人レッスン」 「魂の羅針盤シリーズ」もAQUAMIXTの看板メニューです。

前金制ですので、現金のやりとりがその場でされることは基本的にありません。お金の管理と実際のサービスの提供に時間差があるわけです。

そうなると、明確な「これを提供したからお金をいただける」というものが僕の場合ですが、希薄になっていきました。

AQUAMIXT が立ち上がってしばらくこの希薄な状態が続きました。

このおかげで、僕はいままで培ってきた「金銭的な換算」から解放されていくことになったのです。

僕が高校生の頃、「時給」という発想に疑問を持ちながらも、その等価交換のシステムに慣れていきました。

アルバイト先に僕の提供するものは、「労働力」「時間」です。
ちょっと頑張れば「技術」なども加わるでしょうか。

そして、アルバイト先の企業からもらうものは「お金」です。
「やりがい」などもあるかもしれません。

しかし、この「時給」というシステムは、巧妙に僕の人生(つまりは僕の時間)や労働の対価をお金に換算するようになりました。

そして、毎月毎月、○○日〆の翌月○○日支払いという周期に身体と心を慣れさせ、すっかり調教済の男になっていました。

パブロフの犬か!と。

ですから、何かが欲しいとすぐに何時間の労働が必要か?
そのための時給はどのくらいがいいか?と考えるようになったわけです。

しかし、AQUAMIXTとして働くようになり、「金銭的な換算」から解放されていきました。

つまり、どこからどこまでが労働の対価なのかが分からないからです。

こうしてブログを書くことは、調教済の男からすると「0円」です。
また、クライアントやレッスン生の近況報告などに対する対応メールも調教済の男からすると「0円」です。
図書館でさまざまな本を読み、勉強することも「0円」です。
体調管理やパートナーシップを円滑にするような姿勢に対する支払いも「0円」かもしれません、調教済の男からすると、ですよ?

新しい企画を考え、そのための用意や勉強も「0円」です。しかも、それがサービスとして立ち上がるかどうかも分からずに…です。

それらが無駄なことではないと十数年続けていますから分かります。

しかし、「時給」というシステムに調教されたところを解放しなければ見えてこないものも多いと感じます。

日払いなんていう支払いシステムもあり、高校生の頃はウハウハで働きました。

今日1日の労働が実際にいくらになるのか、今ではわかりません。

セッション部屋を掃除した→○○円
届けたい言葉をブログにした→○○円
新しい企画を発信した→○○円
過去のブログ記事を整理した→○○円

残念ながら、分かりやすい換算はできません。

ありがたいことにこの「報酬の遅れ」がお金との関係を変えてくれました。

目に見える世界をお金換算で観ていたところが、本当に自分が望んでいるか、魂は喜ぶか?にシフトしていきました。

自分らしく表現出来ているか?
怖れずに自分の才能を能力として発揮しているか?
受け取ることを怖れずにいられるか?

といった視点でしょうか。

だからこそ、自分が喜び、大好きなことをしなさいということなのでしょう。

そこにお金を連れてくるセンスは、ライフパーパス個人レッスン発展編で共有していきます。

https://i1.wp.com/aqua-mixt.com/blog/wp-content/uploads/2016/09/862dc05723a2fcf1b6515901950b0965_s.jpg?fit=640%2C427https://i1.wp.com/aqua-mixt.com/blog/wp-content/uploads/2016/09/862dc05723a2fcf1b6515901950b0965_s.jpg?resize=150%2C150水本 潤治お金と喜びライフパーパスセラピーサロンとしてAQUAMIXT が稼働し、多くの豊かさを得るようになりました。 スピリチュアルカウンセリングやコーチング、オラクルカードセッションもさることながら、僕と寛子の人生の目的(ライフパーパス)を生きる姿勢がそのままレッスンになった「ライフパーパス個人レッスン」 「魂の羅針盤シリーズ」もAQUAMIXTの看板メニューです。 前金制ですので、現金のやりとりがその場でされることは基本的にありません。お金の管理と実際のサービスの提供に時間差があるわけです。 そうなると、明確な「これを提供したからお金をいただける」というものが僕の場合ですが、希薄になっていきました。 AQUAMIXT が立ち上がってしばらくこの希薄な状態が続きました。 このおかげで、僕はいままで培ってきた「金銭的な換算」から解放されていくことになったのです。 僕が高校生の頃、「時給」という発想に疑問を持ちながらも、その等価交換のシステムに慣れていきました。 アルバイト先に僕の提供するものは、「労働力」「時間」です。 ちょっと頑張れば「技術」なども加わるでしょうか。 そして、アルバイト先の企業からもらうものは「お金」です。 「やりがい」などもあるかもしれません。 しかし、この「時給」というシステムは、巧妙に僕の人生(つまりは僕の時間)や労働の対価をお金に換算するようになりました。 そして、毎月毎月、○○日〆の翌月○○日支払いという周期に身体と心を慣れさせ、すっかり調教済の男になっていました。 パブロフの犬か!と。 ですから、何かが欲しいとすぐに何時間の労働が必要か? そのための時給はどのくらいがいいか?と考えるようになったわけです。 しかし、AQUAMIXTとして働くようになり、「金銭的な換算」から解放されていきました。 つまり、どこからどこまでが労働の対価なのかが分からないからです。 こうしてブログを書くことは、調教済の男からすると「0円」です。 また、クライアントやレッスン生の近況報告などに対する対応メールも調教済の男からすると「0円」です。 図書館でさまざまな本を読み、勉強することも「0円」です。 体調管理やパートナーシップを円滑にするような姿勢に対する支払いも「0円」かもしれません、調教済の男からすると、ですよ? 新しい企画を考え、そのための用意や勉強も「0円」です。しかも、それがサービスとして立ち上がるかどうかも分からずに…です。 それらが無駄なことではないと十数年続けていますから分かります。 しかし、「時給」というシステムに調教されたところを解放しなければ見えてこないものも多いと感じます。 日払いなんていう支払いシステムもあり、高校生の頃はウハウハで働きました。 今日1日の労働が実際にいくらになるのか、今ではわかりません。 セッション部屋を掃除した→○○円 届けたい言葉をブログにした→○○円 新しい企画を発信した→○○円 過去のブログ記事を整理した→○○円 残念ながら、分かりやすい換算はできません。 ありがたいことにこの「報酬の遅れ」がお金との関係を変えてくれました。 目に見える世界をお金換算で観ていたところが、本当に自分が望んでいるか、魂は喜ぶか?にシフトしていきました。 自分らしく表現出来ているか? 怖れずに自分の才能を能力として発揮しているか? 受け取ることを怖れずにいられるか? といった視点でしょうか。 だからこそ、自分が喜び、大好きなことをしなさいということなのでしょう。 そこにお金を連れてくるセンスは、ライフパーパス個人レッスン発展編で共有していきます。読むだけで奇跡が起きやすくなる?!Web Magazineとして進化中