上手に飛べないパートナーシップ~パートナーと紡ぐ、スピリチュアルな学び第5回

バツイチの僕なので、あまり大きな声でパートナーシップの秘訣と偉ぶることはできませんが、僕の挫折感や遠回りに見える道のりが、誰かの心にきっかけやヒントとなって届くことを祈りながら、今回も秘訣のように思えることを書いていきたいと思います。
あなたはパートナーシップにおける喧嘩をどう思いますか?
ふたりの間に勃発する摩擦ははたして必要でしょうか?

両親のパートナーシップは僕たちに大きな影響を与えています。僕の物心が付き、世の中のいろいろなことが分かり始めてきた頃、どうやら、我が家の両親は仲が悪いということに気づきました。

毎晩のようにくり返される喧嘩に、小さい心臓は大きく高鳴り、僕はふとんの中で、父の母親を罵倒し手を上げる音を
ギュッと目をつぶって聞いていました。

なぜ、結婚した二人がお互いに傷つけ合うんだろう?そのふたりからどうして僕は生まれてきたんだろう?
小さな頃から、喧嘩をすることは良くないことと心に刻んだように思います。
喧嘩はお互いを傷つけ合い、周りの人間を悲しませるというプログラミングですね。

そして、時は過ぎ、思春期を迎えた僕も、女性とお付き合いをする年齢になりました。
「喧嘩をしてはいけない」
ということを最優先に付き合い始めるわけです。

当然、身をすりあわせるように男女がお付き合いをしているのですから、
摩擦が生じることもあります。
価値観の違いやお互いが培ってきた家族の文化もあるでしょう。

「どうして、潤治はそういうことするの?」
と相手が僕を理解しようとしてくれている言葉も、
喧嘩に対して度を超えて敏感な僕は、

「なんで、潤治はそういうことしちゃうのよ!」
とまるで自分が責められているように聞こえ、お互いが喧嘩になる前に
この状況を回避しないといけないと勝手に思うわけです。
(文章にするとイタい人ですね…w。)

なので、「喧嘩はいけない」という一心で、相手に謝るわけです。
ほんのちょっと自分の気持ちを我慢して…。

「ごめんね、気になるようだったら、今度からしないよ。」
「ごめんね、気を悪くした?次回は違うところに行こう。」

相手の気持ちや自分の気持ちと向き合って時間をかけて理解し合うことをせず、
先回りして勝手に相手のクレームと思い込み、その処理をしている忙しい男でした。

相手の声が「ありのまま」僕の心に届くようになるのは、
今回のパートナーシップを紡ぐようになってからです。
(学習しなかった男です…。)

なので、相手が僕に、
「潤治はすぐに謝るよね、何に対して謝っているの?」

という核心的な問いも、
(絶妙なスルーパスも、)
喧嘩はいけないという幼少期に培われた自主規制により、
「いやぁ、本当にゴメンね。今度から気をつけるよ。」
という何だか間の抜けた対応になるわけです。

お付き合いする女性と本心からのコミュニケーションをすることもなく、時間は過ぎていきました。

当の本人は、どうして女性とうまくいかないのだろう?と首を傾げているのですが、その原因(とういうか、本当はチャンス)が自分にあると思えずにいるのです。

なぜなら、「喧嘩はいけない」を実践しているのですから。
僕は上手に喧嘩を回避している!
あの幼かりし日に誓った思いに従っている!

逆に胸を張りたいような気持ちだったかもしれません。
(こうした行動規範を心理学では幼児決断・人生脚本と言います。)

相手のために一生懸命に我慢することが、
相手を愛していることなのだと勘違いしていたわけです。

悲しい勘違いかもしれませんが、
この勘違いでパートナーシップが終わりを迎えることもあります。

1度目の結婚は、その勘違いを実践し、
喧嘩にならないように、ならないように…クレーム処理班に徹するのです。

自分が勝手に作った幻想の世界で、
相手が爆弾を持っているかのように相手と接し、
自分の感情を素直に伝えることは喧嘩を勃発させる爆弾だと必要以上に怖れ、
いつしか本心を伝え合わない関係になるのです。
(相手は伝えていたのですが、僕が受け取れなかったわけです。)
本心はいつしか取り扱い注意のものになり、

あのね…、
怖かったんだ。
寂しかったんだ。
悲しかったんだ。
大切にされたかったんだ。
口惜しかったんだ。

という小学生の作文のようなシンプルな僕の気持ちは、
一番大切な人に知らせることはなく、夜の街に消えていくのでした…。

「喧嘩はいけない」と矛盾するようですが、
相手に対して、全く違うことで責めたり、怒ったり、
キレることがありました。(たちの悪い男です。)

本心からのコミュニケーションを避け、
過去の痛みに翻弄され、自ら牢屋に入り、やりきれない思いを抱え、
その鉄格子越しに相手と向き合っているように見せる姿は、今思えば滑稽ですが、
今だって自ら牢屋に入ろうとする自分はいないか…、
日々、自問しているのでした。
(というかパートナーの寛子に質問されている…。)

癒されていない自分の傷を相手と共有し癒す機会なのに、
僕はその機会を自ら逃していたのですから。

そのあたりの矯正編は、「パートナーと紡ぐ、スピリチュアルな学び  第7回」
でお伝えしていきたいと思います。

2013/06/20 ココリラにて初掲載
癒しのポータルサイト「ココリラ」にて、過去5年間で全83回の長期連載を担当していました。
ココリラリニューアルにより過去記事が参照できなくなったため、当サイトに順次掲載していきます。

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