怒りの奥にある本当の気持ち

おはようございます、潤治です晴れIMG_0273.jpg
立秋が過ぎて、茹だるような暑さの続く、ここ多摩市聖ヶ丘です。
先日、電車に乗っている時のことです。
お母さんと4歳くらいの女の子が、どこかへ行く途中なのでしょうか。
夏休みのせいか、その子のテンションはとても高く、車内で騒ぎ始めます。お母さんは周りを気にしながら、その子に怒ります。
「そんなにうるさくしていると、○○に連れて行ってあげないよ!」
「うるさくする子は、ママ知らないからね!」

その子は、泣き出してしまいます…。お母さんに拒絶されたら怖いよね…。
車内の雰囲気も、“子供を静かにさせろ!” “母親がいるのに何やっているだ!” という裁きのムードがありました。お母さんは自分が責められているように感じてしまったのかもしれません。
しかしながら、そのお母さんの怒り方は、子供だけではなく、お母さん自身を苦しめることになるだろうな…と感じます。その場はスッキリするかもしれませんが、本人の心が楽になることはないだろうと。
その感情はもともと、怒りではないからです。

パートナーの寛子との夫婦喧嘩を通していつも学ばされることがあります。
それは、“怒りに隠された本当の自分の気持ちを感じる” ということです。
寛子が僕をないがしろにするとき、僕は怒りを覚えます。
彼女はそんなつもりは全くありません。
ただ僕がそういう現実としてとらえるだけです。

 
たとえば、道を歩いている時、
靴紐が解けたので、結び直していると、彼女はどんどん先に行ってしまいます。
彼女に一言、待って という前に、僕の気持ちは置いてきぼりにされている…と感じ、
大切にされていないと感じます。
 
また、彼女が集中して作業をしている時に、小声で呼びかけます。
彼女の耳に届いていないだけなのに、無視をされた…、軽んじられている…と
感じてしまうのです。
 
そうすると、僕は彼女に対して、怒りを感じてしまうわけです。
僕のこと、置いてきぼりにして!無視をするなんて! というように、
もっともらしい理由で怒ることもあります。
 

しかし、僕の怒りに隠された本当の気持ちは…
“僕のこと、鈍くさいヤツだと思っている?”
“僕のこと、好きじゃないのかな? 寂しい…”
“僕が情けない男と思われているようで傷つくな…”

そういう気持ちが隠されています。
それを表に出すことを怖れて、怒りという表現をしてしまいます。
それも自分が正しいとか、怒るための大義名分をつくりだして…。
抑圧された感情は、巧妙に表出します。
“自分には怒るにふさわしい理由がある…” といった具合に。
冒頭のお母さんは、きっと子育てや家事などにおわれ、
心に余裕がなかったのかもしれません。
その余裕のないときにたまたま子供が騒いでいる姿を見て、
親として恥ずかしいとか、周りから非難される目で見られるのが怖いとか、
子供が自分の思いどおりにならない不満などが、

怒りとして表出してしまったに過ぎません。
 
電車の中の裁きのムードが、彼女に“母親失格” と思わせてしまったのかもしれません。
お母さんの愛はとても深いのに…。
 

ついつい、この“怒りで、本来の感情を隠してしまう”ことを僕はしがちです。
怒りという感情を味わうためには、ゆっくりとその場に起こっていることを見つめ、
なぜ、その行為や現象に怒りを覚えるのかを感じてみるといいかもしれません。
そうしていくと実は自分の過去の問題だったり、
感情を押し殺してしまっていることに起因したりと自分自身を見つめる機会になります。
不当に扱われる怖れ、劣等感、罪悪感、無価値感…
さまざまな気持ちを怒りの奥に感じられるかもしれません。
怒りを上手に味わい、感じつくすには、ほんの少しの洞察力が必要かもしれません。
“怒り” は自分自身を理解するために与えられるプレゼントです。


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コメント

  • コメント (2)

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    • 潤治
    • 2011年 8月 13日

    おきゃん♪さま
    コメントありがとうございます。
    怒りに隠された本当の気持ち…
    これって、なぜ隠してしまうんだろうって思います。
    子供の頃は、素直に出していたのになぁ~って。
    でも、いつからか、本当の気持ちを言うことが、
    恥ずかしいことなんだと社会的な集団催眠のように
    感じているのかもしれません。
    集団催眠から醒めたいと思います(笑´∀`)。
    自分のことを癒すとは、一生続くように思います。
    他人が癒されていなければ、僕自身のことを
    癒し切れていないということでもありますから。
    …そんな風に思います。

    • おきゃん♪
    • 2011年 8月 12日

    潤ちゃんの「怒りに隠された本当の気持ち」の所を読んでいたら自然と涙が溢れてきました。私も同じ様に感じる事があるし、同じ様な言葉や態度を取ってしまう事があります。でも以前より少し自分の「怒りに隠された本当の気持ちを」感じられる様になりました。そうやって少しずつ自分自身を癒すことができるのですね。私ももうしばらく続きそうです(^-^)

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