どんな愛を受け取って生きているか、それは想像を超えている

対人関係で、感情が揺さぶられる瞬間はありますか?

責められた
無視された
不当な扱いを受けた
怒りをぶつけられた
罪悪感を覚えた
差別された
バカにされた

などなど、いくつかは人生において体験していることではないでしょうか。

対人関係で、これらのことが起こったときに、どんな感情を選択するかは、自分自身にゆだねられていると感じます。

「~された」という被害者思考は、そこから生まれる学びや内省を停止させるものになるでしょうか。
しかしながら、被害者思考は、自分を弁護するために必要な感覚として、身につけることが少なくありません。

自分を守るために、生存するために。

被害者思考と反比例するものが、自尊心(セルフイメージ)だと僕自身は思います。

被害者思考は便利ですが、自分には何でも変えられる力があると信頼できなくなる可能性があります。

周りの事象や人が自分をコントロールすると思っているのが、被害者思考。
周りの事象や人は変えられないが、自分の選択次第で世界は変えられるという自尊心。

その時々で、どのような態度をとるかで人生は全く違うものに映るでしょう。

ですから、いかに自尊心をあげるかは人生の大きなテーマになると僕自身は思います。

自尊心をあげようとするとき、等しくあげなければならないものがあると感じます。

それは、他の人を尊ぶ心、です。

そのふたつは表裏一体であり、どちらかがあがるということは結局はバランスを崩すでしょう。

自分に陶酔することや他人よりスゴイと思い込むことは自尊心ではないと思います。
結局、そうした比較した考え方は、虚栄心や差別心、射幸心などに足下をすくわれるかもしれません。

どうしたら、自尊心は上がっていくでしょうか?

何かを付け加えることで?
誰かに認められれば?
何かを得れば?
権威に近づけば?
勲章(良い評価)をたくさん手に入れれば?
他者に勝てば?
インスタ映えすれば?(笑)

自尊心は上がるでしょうか。

自尊心をあげるために、必要なことのひとつに、僕が感じるものは、

ありのままの自分で愛し愛されること、です。

そのために、自分との面倒なコミュニケーションを乗り越える必要や、他人に対して自分を伝える勇氣、相手との愛し方の違いを知ることなどが必要に思います。

そして、愛されてきた自分を知ることも必要不可欠と言えるでしょうか。

愛されてこなかったと自分で結論づけて、人生を「復讐」にすることもできますが、終わりのない「戦い」が続くかもしれません。

それこそ、いつも迎撃する用意があるピリピリとした雰囲氣をまといながら。
誰もわたしたちを攻撃することも、不当な扱いをしたいわけでも、差別したいわけでも、バカにしたいわけでもありません。

この世界には愛しかないけど、その愛情表現、求め方が違うだけです。

自分自身がどのような愛を受け取ってきたのか?
自分のことを愛してくれた人たちがいかに多く存在したのか?

もちろん、自分が求める愛情と違う愛情表現を他の人はしているという前提で考えてみることが必要ですね。

愛し愛される経験は、「他人への感謝」「自尊心」をあげていくと僕自身思います。

どんな愛を受け取ってきましたか?
そして、今、どんな愛を受け取って生きているでしょうか?

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